このサイトはCookieを使用しています。 サイトを閲覧し続けることで、Cookieの使用に同意したものとみなされます。 プライバシーポリシーを読む>

通信事業者とOTTの新たな関係

インターネット上でますます多くの動画がやりとりされるようになる中、通信業界がOTTからさらなるダメージを受けることのないよう、全体の利益のためにも、お互いに協力する方法を知る必要がある。だが、最初に歩み寄るのはおそらく通信事業者になりそうだ――それがインフラを提供するわれわれの責務というものだろう。

ファーウェイ 東南アジアCTO(Chief Technology Officer : 最高技術責任者)兼エグゼクティブ・ソリューションズ・コンサルタント マイク・マクドナルド(Mike MacDonald)

多くの人にとって、「OTT(Over The Top:オーバー・ザ・トップ。一般には「上限を超えて」という意味)」という言葉は単に「過度に」という意味かもしれない。しかし通信分野では、われわれ通信事業者の収入源の横取りという含みを持った危険な言葉である。ウィキペディアの定義によると、OTTは「動画および音声をオンラインで提供する上で、コンテンツ自体の管理や配信にインターネット・サービス・プロバイダー(コムキャスト、ベライゾンなど)が関与しないもの」となっている。現在では、インフラストラクチャーの管理者以外がそのインフラを通じて提供するサービスまたはコンテンツのほぼすべてを指すようになっている。したがって、一般的には、通信事業者が帯域幅管理、サービス品質、課金などをOTTに適用することはできない。

現在のところ、OTT業界と通信業界の関係は、中学生のダンス・パーティーのようだ。つまり、男子と女子が両側に分かれ、全員がもじもじしている状態である。このような状況の原因として、ウェブが急速に台頭した際、通信事業者側の対策は人員削減ばかりで、有能なソフトウェア設計者として人材の再教育ができなかったことがまず挙げられる。その結果、多くの通信マーケティング担当者が提供するデータ・プランは、加入者がアクセスしたいと考えるサービスと連動したものではなくなってしまった。

映画を数ドルでダウンロードしようとする場合、それなりの帯域幅を消費する必要があるが、それはどのくらいの大きさなのだろうか。これはどんな優秀な技術者であろうと正確には答えられない質問だ。なぜなら動画は多数あるコーデックのいずれかを使用してエンコードされ、場合によってはトランスコーディングと呼ばれる処理によってデコードなしに直接変換されることもあるからだ。大量のビット消費に加え、画面の大きさ(10インチのタブレットから40インチのフラットスクリーンまで)に応じて転送に必要な帯域幅も異なる。これだけ考えても、映画を購入しようとする加入者が一番納得できるデータ・プランを見つけ出すのがどれだけ難しいか、理解できるだろう。

「公正利用」は本当に「公正」か

さらに、加入者がネットフリックス(オンラインDVDレンタル会社)などのVOD(Video On Demand:ビデオ・オン・デマンド)サービスで月額契約を結ぼうとしているとする。ここでわれわれは手ごわい「Fair Use Policy(公正利用規定)」に直面する。消費者としては腑に落ちないが、この利用規定は自分ではなく他人にとって公正な利用を確保するためのものだと言える。TVドラマ・シリーズ8シーズン分を1か月で一挙に見ようとする加入者の帯域幅は制限されるということだ。ウィキペディアで「Fair Use Policy」を検索してみると、残念ながら「帯域幅上限」の項目にリダイレクトされてしまった。少し視点を変えて、大手通信事業者のサービス利用条件の中で「不適切な利用」と記載されている定義を検討してみよう。この定義では、「ネットワークに悪影響を与える、もしくは他の利用者のサービスやネットワークの利用とアクセスに悪影響を与えると合理的に判断されるようなデータ・サービスの不適切な利用」となっている。

つまり、特定の通信速度のプランに加入していたとしても、サービスを使いすぎて他のユーザーの迷惑になっている場合、通信事業者は「通信事業者が合理的に必要であると判断される期間、サービス(またはサービスのいずれかの機能)を中断または制限する」権利を留保していることになる。

「使いすぎ」の定義が「自らの利用が他の加入者に影響を与えている」というのは想像しにくい話だ。通信の性質上、仕方のないことかもしれないが、自分が何をしているかだけでなく、他人が何をしているかにも影響されるというのは納得しがたい。TVドラマの一挙放送を見ている人は自分以外にもたくさんいるのだから。

HD動画がもたらした現実

消費者によるすべてのインターネット・トラフィックのうち、動画のトラフィック消費は2011年には51%だったが、2016年には54%になると予想されている。しかもこれには動画P2P(Peer-to-Peer:ピア・ツー・ピア)ファイル共有は含まれていない。その頃までには、あらゆる形式の動画(TV、VOD、インターネット、P2P)が世界のユーザー・トラフィックの86%を占めることが予想される。さらにモバイル・データ・トラフィックに目を向けると、2016年には2011年の25倍、世界全体のトラフィックの3分の2が動画になるとされている。

10Mbpsの接続に毎月30ドル(約2,400円※)、ネットフリックスに毎月7ドル(約560円※)支払って満足している加入者も、連続ドラマにはまってしまった場合、たとえばeBayでティーポット・カバーを売ろうとしている向かいの家の老婦人に迷惑をかけるという理由で、使用できる帯域幅を数百Kbpsに制限されるかもしれないのだ。

このジレンマは、VoIP、IPTV、ストリーミング・オーディオなど、テキストや音声以外のほぼすべてのサービスに広がっている。興味深いことに、大部分の通信事業者はアプリケーション・アウェアなネットワーク、ポリシー管理と料金請求、高度な課金体制に投資しているが、どういうわけかこれらは加入者の利用実態に合わせて活用されていないようだ。

互いに歩み寄る

 OTT事業者はネットワークに関する知識がなく、通信事業者はアプリケーションに関する知識を持っていない。優れたコードがあれば修正できるネットワーク性能の問題や、優れたネットワークがあれば修正できるウェブ性能の問題があるにもかかわらず、OTT事業者も通信事業者も「相手より自分たちのほうが聖杯に近づいている」と信じ、自力で進む道を選んでいる。しかし実際には、切り札を握るのはユーザーだ。ユーザーにとっては、アプリケーションやコンテンツと、それにアクセスするためのネットワークは密接に結び付いたものであるが、この2つがうまく機能しない場合、一般的に非難されるのは、流行に乗ったウェブ・サービスではなく、お堅い通信事業者となる。

しかし、見通しは思ったほど暗くはない。通信事業者の中には、やり方を変え、Facebookの利用に1日1ドル(約80円※)、WhatsAppの利用に1日1ドル、よく使用するOTTサービスがSkypeなどひとつだけであればデータ料金はなしとする(ベライゾン)といった形で、加入者の利用状況に合わせたデータ・パッケージを提供しているところもある。消費されるサービスに料金を合わせるというこのモデルはとっかかりとしては良いが、流行のサービスが一瞬のうちに廃れるという現状においては、移り気な大衆から継続的に収入を得られる確約はない。むしろ通信事業者は、自社のリソースをウェブ開発者たちと共有していく必要がある。たとえその結果として若い世代に主導権を譲ることになったとしてもだ。

もちろん、グローバル企業の提供する製品やサービスを活用する機能を実現できるとしたら、VoIP、IPTV、モバイル・マネーなどの一部のサービスはよりローカライズできるかもしれない。タイ人の友人がiOS製品ではなくアンドロイド携帯を選ぶ唯一の理由として、アップルのアプリケーション・ストアでアカウントを作るにはクレジット・カードが必要だという点を挙げていたことを思い出す。単純なことに思えるかもしれないが、ネットワーク・ユーザー人口をあと10億人増やすのは最初の10億人の時ほど簡単ではないということを忘れてはならない。これまでと同じ方法では、今後のビジネスは展開できないのだ。

先見の明のある通信事業者は、OTT事業者に対する通信事業者の影響力が限定的であることを実感しつつある。2012年5月にKPNをはじめとするオランダの通信事業者がスカイプやWhatsAppなどのOTTアプリケーションに追加料金を課す計画を発表した。これはかなりの物議を醸し、経済・農業・イノベーション大臣がネット中立性の旗をふりかざし「インターネットへの自由なアクセスを保証するためにオランダの通信法を改正する」と発表するに至った。

世界第6位の通信事業者であるテレフォニカは、グーグル、フェイスブック、マイクロソフト、RIMと提携することを発表し、キャリア課金を実現した。これは加入者がモバイル・クレジットを使用してOTTストアで提供されているアプリケーションや仮想グッズなどを購入できるというもので、商品の購入を容易にしている。

2012年6月、カナダの通信事業者テラスは「テラスの既存アカウントを使用してスカイプ・クレジットを購入する機能などにより、スマートフォンを利用しているテラスのお客様のSkype利用を革命的に変える」契約をスカイプと締結した。テラスはほんの数年前にも、マイクロソフトのXbox向けにIPTVサービスを初めて拡張している。

このような両極のどこかに、自社製のアプリケーションとOTTプロバイダーのアプリケーションの間で最も利益が出るポイントを見つけようとしている通信事業者もいる。コムキャストは、限定的な形ではあるが(現在、加入者が優に8億人を超える)スカイプから利益を引き出そうとしている。その方法は、アダプタ経由でセットトップ・ボックスでの通話の受発信を可能にし、実際の電話番号での通話の受発信はサポートせずにコムキャストの自社ソリューションで通話を提供するというものだ。

次に来るもの

最近、オーストラリア最大手のモバイル通信事業者テルストラのCTOであるヒュー・ブラッドロー(Hugh Bradlow)博士は、通信事業者はOTTと競争するのをやめ、万人の利益のためOTTと協力することに力を注がなければならないという考えを表明した。

モバイル・マネーなどの一部のアプリケーションは、短期的に実現できるタイアップのほうが効果的である。クレジット・カードの普及率が10%未満で銀行口座の保有率が40%未満という国々では、オンラインで提供される各種サービスをフル活用できるような支払いの設備が街中に存在しない。そこで通信事業者は、現地にある何千もの支払い窓口と、地元金融機関との強固な関係を活用したサービスを提供できる。現金か銀行振り込みで給料を受け取った利用者は、既存の支払い窓口でチャージ式のプリペイド・カードを購入する。場合によっては、残高を繰り越して他の取引に使用できるようにすることも可能だ。

通信事業者の収入源が、従来の音声とSMS(Short Message Service:ショート・メッセージ・サービス)から、にぎやかな顔文字とSNS(Social Networking Service:ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を統合したより若者向けのサービスに変わってきていることを見れば、モバイル・マネーの普及に引き続いてVoIPおよびIPメッセージとの連携が急速に広まることが予想できる。実際、通信事業者がIP通信アプリを提供することになれば、それがキャリア課金に対応する初のIPアプリになるだろう。

コンテンツの提供元から全面的な協力を得られると仮定すると、次の段階はIPTVになると考えるのが妥当である。というのも、動画はインターネット・トラフィックの中で非常に大きな割合を占めており、それがトラフィックの急増を促進しているからだ。目下の問題は、現在大半のOTT事業者が米国に拠点を持っているため、彼らのほうが多数のコンテンツ所有者に直接アクセスしやすいという点である。広告収入によるアプリケーションとユーザーに課金するアプリケーションの間で最も利益が出るポイントを見つけるのもOTTのほうがうまい。今年6月、ネットフリックスは、たった1か月で10億時間分の動画を提供するという記録を達成した。顧客基盤は2,600万人に広がり、米国最大手のVODプロバイダーに成長している。この成功と合わせて最近アップルがアジアの12の新市場へ進出したことを考えると、ネットフリックスの市場が世界的に拡大する日も遠くない。

選択の重要性

最後に述べておきたいのは、OTTが開発したアプリが一時的な流行のように思われたり、あるいは提携モデルに合わせるのが難しいと思われる場合でも、専門的に管理された通信事業者の開発環境で活用できる可能性があるということだ。そのために、通信事業者はAPI(Application Programming Interface)を開示する必要がある。プログラミング能力を試したい若者たちが開発者アカウントを作成して、資格認定プロセスに合格後、その通信事業者の加入者基盤にアプリケーションを提供するといった仕組みが求められている。通信事業者がどのようにAPIを公開するかについては注意を要するが、たとえば人気ソーシャル・ゲームFarmVilleを通信事業者の課金APIと統合し、プレーヤーがスコアボード掲載を目指して商品を購入できるようにすれば、利益に直結することは想像に難くない。

ただし、ここでの問題は、OTT事業者の多くがMashable(ソーシャル・メディアに関するニュースサイト)やKickstarter(クリエーター向けクラウド・ファンディング・サービス)といったサイトに感化され、ベンチャー投資資金を得て最終的にはIPOか買収で撤退することが自分たちの唯一の使命だと考えていることである。通信事業者は社内の独立した事業開発部門にある程度の資金を割り当て、投資すべきアプリケーションをいくつか選び、撤退時に手にする利益を継続的な収入源とすることで、OTT事業者の期待する役割を果たすこともできるだろう。確かにこれは100万ドルの給料をもらうほど気分のいいものではないかもしれない。しかし、通信事業者がOTT関係者の注意をそこに引きつけておき、彼らの真意を明らかにするのに十分な時間を稼ぐことができると考えれば、着実に増加する月収は10倍現実味があり、悪くない選択肢である。

OTT事業者自身はまだ気づいていないかもしれないが、彼らが通信事業者と協力する機会は明らかに存在する。優秀なプログラマーがコンピューターのCPUやメモリー・リソースを管理するように、優秀なウェブ・アプリケーション開発者も、意図したとおりのカスタマー・エクスペリエンスを実現するサービスをインフラが提供できるように努力すべきだ。状況を変えるためには、通信事業者の側が協調してOTT事業者が明るくない部分について知識を提供し、彼らの制作するアプリケーションがインフラに影響を与えていることを認識してもらう必要がある。さらに、通信事業者の優先事項とOTTのビジネスの間の整合を取ることも求められる。より重要なのは、事業開発部門の自主性を十分に確保することで、OTT事業者のモチベーションを上げ、最終的にアプリケーション・ベースのインターネットならではのダイナミックな性質を最大限に活用することだ。OTTの出方をうかがっていてはまちがいなくチャンスを逃してしまう。今後ウェブ空間において通信事業者が重要な役割を担うことは確実であり、自ら積極的に働きかけていくべきなのだ。

※1米ドルあたり80円換算