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スマホ市場のさらなる競争激化とインフラの進化

スペイン・バルセロナで開催された『Mobile World Congress (MWC)』は、年々その重要性を増しつつある。その背景にあるのは、スマートフォンやタブレットなど“スマートデバイス”の広がりだ。世界的に進行しているスマートデバイスの普及は、インターネットの主役をパソコン(PC)から奪い去り、2010年代のIT産業はモバイルが最重要な分野となっている。MWCはそのモバイルITのさまざまなトレンドや技術が一堂に会する場であり、従来以上の注目を集めるようになった。そして2012年。今年のMWCでは何が起きていたのか。今後のトレンドはどうなっていくのか。

取材・文 神尾 寿(通信ジャーナリスト)

205ヵ国、約6万7,000人。

これは、Mobile World Congress2012の国籍の数と参加者数である。MWCは一昨年から急速に重要度を増し、参加者が増えていったが、ついに今年は過去最高の参加者数を記録した。さらに注目すべきなのは参加者の属性だ。運営事務局によると、この6万7,000人のうち約半数が企業の役職者であり、CEOに至っては3,500人に達したという。モバイルIT・インターネット産業の中枢メンバーが、その時、バルセロナに集結したのだ。 

MWCの波及効果も大きい。今回の出展企業は1,500社を上まわり、取材したマスメディアは3,300媒体を超えた。夜には企業主催のパーティーやビジネスディナーがあちこちのレストランで行われ、地域経済にもたらした収益は過去最大の3億ユーロに達したという。

MWCという場は、モバイルITやインターネットの新しい世界を作るための坩堝だ。さまざまなトレンドや技術、新たな提案、ビジネス提携などが投げこまれ、かきまぜられながら、次の時代を創っていく。そこからはモバイルIT市場の今と未来が見えてくるのである。

存在感を増すアジアのスマートフォンメーカー

多くの人が今回のMWCで最も注目したのは、スマートフォンの動向だろう。昨年以上に市場は広がっており、その勢いは続いている。先進国では一般コンシューマー層のスマートフォン移行が進んでおり、新興国では“唯一無二”のネット端末としてスマートフォンが普及し始めている。その成長率はPCを上まわり、IT産業の主役として重要な役割を担っているのだ。 

MWC2012におけるスマートフォン競争を俯瞰してみると、メーカーごとに今後の製品開発やビジネスのスタンスに違いが現れてきたことに気づかされる。そしてMWC2011から1年ほどで、メーカー各社が置かれている立ち位置にも大きな変化があった。 

この変化の筆頭ともいうべきは、中国メーカーの台頭である。とりわけファーウェイの躍進ぶりは、ひいき目ぬきで舌を巻いた。同社は今回のMWCにあわせて、クアッドコアCPUを搭載したハイエンドモデル『Asend D quad』を発表。同機は処理速度、グラフィックス性能、明るく解像度の高いスクリーンなど現時点(2012年3月)での最高性能を惜しげなく詰め込んだものだ。スリムでデザイン品質も高い。さらに、タスク処理を4つのコアに分散し、低い周波数かつ低い電圧で処理することで、基地局インフラと協調してバッテリー消費を抑えるなど、実用面でも優れた技術を搭載している。“モノ作りの力”と、それを支える“技術力”が、昨年から大きく飛躍しているのだ。Asend Dquadによって、ファーウェイはスマートフォンメーカーのトップ集団入りをしたと言えるだろう。 

一方、もう1社、大きな変化を感じたのが韓国のサムスンである。同社は昨年、当時最高スペックのAndroidスマートフォン『GALAXY S II』を発表して脚光を浴びた。しかし今年はMWCの会期にあわせてスマートフォンのフラッグシップモデルは投入せず、その代わりにペン入力型タブレット『GALAXY Note』を大々的に展示。端末スペックの優劣についてはまったく語らず、“ペン入力デバイスによる新たなユーザー体験”を訴求していた。さらにプレスカンファレンスでは、「GALAXY Noteシリーズで(ペン入力という)新たなカテゴリーを創造し、そこでのリーダーになりたい」と語った。スペックという競争軸ではなく、アップルやソニーモバイルのように“独自のユーザー体験”と“エコシステム(経済的な生態系)”を打ち出してきたのだ。むろん、サムスンがスペック競争から降りたわけではないだろうが、独自性重視と自らが新市場を切り開くという姿勢に転じたことに彼らの変化を感じた。

そして、このファーウェイの躍進とサムスンの変化は、Androidスマートフォンを取りまくビジネス環境のひとつの象徴と言える。 

スマートフォン市場の競争は激しく、ハードウェア部分の“トップメーカーの座”は、勢いと技術力のあるメーカーであれば1年で狙うことができる。今回のファーウェイの躍進は、同社の技術力の高さや開発スピードの速さによるところが大きいが、他方で、Androidスマートフォン市場の競争の激しさや流動性の高さも物語っている。 

サムスンの変化は、今後のスマートフォン市場において、メーカー独自のユーザー体験と、それによる新市場の創造がいかに重要かを示すものだ。今回のGALAXY Noteで見れば、ペン入力によるユーザー体験と新市場を再発明したのはサムスンだ。そのため他のメーカーがどれほど高性能なAndroidタブレットを発売しても、GALAXY Noteのオリジナリティは損なわれず、ペン入力デバイス市場の成長にあわせて有利なポジションを維持できる。

Androidスマートフォン市場のハイスペック競争は未だ続いている。だが、単なるスペック競争は一般ユーザーを置き去りにしてしまうリスクもまた孕んでいる。その観点で言えば、メーカー各社が独自のユーザー体験や新たな市場の創出を重視することが肝要だろう。

トラフィック爆発にどう立ち向かうか。インフラ技術にも注目

スマートフォンの一般化・大規模普及にともない爆発的に増えるトラフィックに、どのように向き合うか。これが、今年のMWCにおける最重要テーマだった。 

このインフラ技術において、特に重要だったのが「HetNet(heterogeneousnetwork)」である。これは屋外用通常基地局であるマクロセルと、マイクロセルやピコセルといった小型基地局、ユーザー宅に設置されたフェムトセルなどを高密度で混在させて、基地局側と端末側が自立的に協調して最適な基地局とつながるというもの。異なるセル半径の基地局を混在させた時に問題となる干渉を制御する技術も組み合わされており、将来的に導入されれば、サービスエリアの収容力や処理能力を大幅に高めることができる。すでに多くの基地局ベンダーやモデムチップ・ベンダーがHetNetへの取り組みを進めており、今後のLTEへの移行とあわせて、このネットワーク制御の仕組みは重要性を増すだろう。 

他方で、3G/LTEなどのネットワーク技術と並んで注目されたのがWi-Fiである。日本でも昨年からNTTドコモやKDDI、ソフトバンクモバイルなど大手キャリアがWi-Fiスポットの拠点拡大に力を入れているが、世界的に見ても、爆発的に増えるスマートフォン/タブレットの通信量を、Wi-Fi経由で固定網に逃がす(オフロードする)のは携帯電話事業者の既定路線となっている。 

このW i - F iの分野において、M W C2012で重視されていたのが5GHz帯への移行だ。現在主流のWi-Fiは民生機器に広く開放された2.4GHz帯の周波数を用いており、Wi-Fi機器の増加や他の電子機器での利用も増えたことにより逼迫している。そこで既存のIEEE 802.11nや802.11acといった最新のWi-Fi技術によって、新たな5GHz帯の周波数に移行しようという取り組みが活発だったのだ。今のところ5GHz帯のWi-Fi利用はPCが中心だが、2012年の後半には日本も含めて全世界で、スマートフォンやタブレットの5GHz帯Wi-Fiへの大規模移行が始まるだろう。 

Wi-Fiに関しては、スマートフォンではオフロード用の補完的な位置づけだが、今後はさまざまなモバイル機器/デジタル機器が採用する標準的な通信方式になる。たとえば、筆者が先日トヨタ自動車の幹部にインタビューしたところ、同社のPHV(プラグインハイブリッド車)は将来的にすべてWi-Fiを搭載する計画であり、そのためにトヨタの充電ステーションにはWi-Fiスポット機能があらかじめ用意されているという。今後、“スマートフォン以外”に広がるモバイルIT市場において、Wi-Fiはとても重要なキーテクノロジーなのだ。

2020年に4.5兆米ドル。注目される新市場への取り組み

中長期的な視野で見ると、今年のMWCではスマートフォンおよびタブレットの普及拡大期が終わった後の、“次の成長領域”にも注目が集まった。その筆頭となったのが、さまざまな機器に通信モジュールが内蔵されるM2M市場である。会期中にGSMAとMachina Research社が共同で発表した調査資料によると、M2Mは「Connected Life」という新たな市場を生み出し、その規模は2020年に4.5兆米ドル=約372兆円に達するという。しかも、これらは単純にモバイルITの新成長領域になるだけでなく、その頃には広く普及しているスマートデバイスと連携し、さまざまな関連サービス/ビジネスを生みだすことになる。 

このConnected Life市場の中でも、特に成長が予想されるのが自動車関連だ。クルマへの通信モジュール搭載は、日本でもトヨタ・日産・ホンダなど大手各社で進んでおり、日産のEV『リーフ』のように次世代環境車ではほぼ標準装備されるものになっている。この単純搭載の市場だけで、2020年には6,000億ドルになるという。他にも、カー・シェアリングなど自動車利用の新サービス(2,250億ドル)や自動車保険(2,450億ドル)、電気自動車充電インフラ(750億ドル)といった自動車関連市場に今後の成長領域がある。 

翻って日本市場を見れば、国内にはトヨタをはじめグローバル市場でトップグループに属する自動車メーカーが多数存在し、デンソーやアイシンAWなどこちらも世界的なサプライヤーがいる。「クルマ×モバイルIT」の新成長領域にアプローチするにあたって、有望なパートナーとなりうる自動車産業があるのだ。日本のキャリアやアプリ/ソリューション・プロバイダーは、グローバル市場に強いパートナーと手を携えながら、自動車産業との連携・融合を積極的に進めていくべきだ。それが日本のモバイルIT産業の新たな力になる。

MWC2012では、まずはスマートフォン市場のさらなる競争激化とメーカー各社の競争に目を奪われたが、その先にはスマートフォン完全普及時代に向けたインフラの進化や、新たな成長領域の可能性などが数多く見られた。2010年代は紛れもなく、モバイルIT産業の高度経済成長期になる。そこにあるチャンスは、とても大きいと言えるだろう。

神尾 寿(かみお ひさし)

通信ジャーナリスト/コンサルタント。

専門分野は通信(モバイルIT)と自動車・交通、電子マネーなど。著書に『次世代モバイルストラテジー』などがある。複数の企業の客員研究員やアドバイザー、国際自動車 通信技術展(ATTT)企画委員長、モバイル・プロジェクト・アワード選考委員などを務める。Web媒体や新聞、雑誌での執筆活動のほか、精力的に講演活動も行っている。