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データの活用で快適な都市生活を実現するデンマークのスマート交通

2018.01.23

あらゆるモノをネットワークにつなげることで、私たちの生活を大きく変えるIoT。
その変化は未来の話ではなく、すでに起こり始めています。
IoTが人々の生活に密着した領域でどんな変革を生み出しているのか、世界各国から最新事情をレポートするこのコーナー。
今回は、デンマークで急速に進む交通のスマート化についてお伝えします。
同国では、道路や街灯、信号機といった街のインフラにセンサーやネットワーク機器を埋め込むことで、歩行者・自転車・自動車の快適な交通体験や街の活性化、ひいては快適な都市生活を実現する取り組みが進んでいます。

安岡美佳(やすおか みか)

コペンハーゲンIT大学
アシスタント・プロフェッサー
北欧研究所主宰
京都大学大学院情報学研究科修士、東京大学工学系先端学際工学専攻を経て、2009年にコペンハーゲンIT大学博士取得。専門分野は、情報システム、デザインアプローチ。異文化協調作業支援、創造性支援、北欧におけるITシステムと参加型デザインの研究を行っている。

センサーで街の生態を見える化

2009年、自転車利用を積極的に推進するコペンハーゲンで自転車交通量の見える化が始まった。交通量カウンター(写真1)の数m前にセンサーラインが設置され、そこを通る自転車がカウントされる仕組みだ。カウンターにはSIMカードが内蔵されており、データはコペンハーゲン市に自動的に送信される。2016年末時点でコペンハーゲン市の境界と中心市街の20か所にセンサーが設置されている。2016年11月には、自転車交通量が自動車交通量を上回ったことがニュースになった。

このような街の生態を見える化する仕組みはコペンハーゲン市全体に広がる。デジタルソリューションプロバイダーのリープクラフト(Leapcraft)が提供する『CPH Sense』(写真2・3)は、大気汚染や騒音の要因となる汚染物質や渋滞の測定と分析をリアルタイムで可能にする、都市環境の可視化センシングプラットフォームだ。市は最も交通量の多い基幹道路をリビングラボとし、リープクラフトの協力のもと『CPH Sense』を設置。センサーとWi-Fiを活用して都市の道路環境の指標となるデータを収集し、道路の環境汚染がいつ、どこで、どのように発生しているのかを分析するとともに、交通環境施策の評価を進めている。

1. コペンハーゲン市内の自転車交通量カウンター。「2050年までにエネルギー供給の100%を再生可能エネルギーでまかなう」という政策目標を掲げるデンマークでは、交通分野におけるエネルギー削減は重要な課題であり、自転車利用の促進や渋滞の緩和は有効な解決策となる

2. コペンハーゲン市内に設置されている環境センサー『CPH Sense』

Wi-Fiトラッキングで交通量を把握
渋滞を緩和するスマート信号に活用

データはこのように街中に設置したセンサーのほか、携帯電話やスマートフォン、タブレットから発信されるWi-FiやBluetoothのシグナルをトラッキングする方法でも収集される。建設コンサルティング企業COWIが『BlipTrack』と呼ばれるスキャナーを提供するブリップシステムズ(BLIP Systems)と共同でデンマークの都市エリアに敷設する『City Sense』は、携帯端末のWi-FiやBluetoothのシグナルデータの分析をもとに交通管理を行うシステムだ。

COWIの交通計画チーフスペシャリストのヨナス・オルセン(Jonas Olesen)氏によると、分析結果に基づいて信号機のプログラミングを調整することで、交通渋滞を緩和できるうえ、事故渋滞の迅速な解消も可能になるという。『City Sense』は2014年時点ですでにコペンハーゲン近郊の7市で100か所に設置されているほか、デンマーク第2の都市オーフスなどでも自転車専用道路のスマート信号に導入され、サイクリストは信号に足止めされることなくスムーズに街を通行できるという恩恵を受けている。

人出を分析してイベントを活性化
交通量の増加への対策にも

ユトランド半島北部に位置するオールボー市における『City Sense』の活用例を見てみよう。同市では2011年に『City Sense』を導入、2016年時点で市内の7か所、オールボー港周辺の13か所に設置し、交通量と都市経済活動に関するデータ分析による街の活性化施策の策定に利用している。

オールボー市と地域の産業組合が協力し、2014年から4年計画で進めているプロジェクトでは、繁華街の歩行者の通行量、滞在時間、移動経路、移動速度などを分析し、興味深い街の動きが抽出されている。例えば、毎年6月に開催されるレガッタイベントでは人出が通常時より100%も増加し、クリスマス商戦時以上だったことがわかった。人出のピークも通常は14~16時だがイベント期間中は16~18時が最も多く、さらに18時以降も減ることがなかった。トラフィック分析を活用し、市はイベント評価やより効率的・効果的な販売戦略の展開に向けた投資につなげていくという。

また、自動車の交通量調査も重要な用途だ。市の産業の中心であるオールボー港は1476年に開港した古い貿易港で、地域の農作物やエネルギー関連資源の輸出入の基幹を担う。港は24時間操業し、港付近とオールボー市東部の交通量は港への積荷の発着に大きく左右される。コンテナ船発着時には1,000台の大型トラックが行き来するため、市全体の交通量が1日1万台という同市において、輸送トラックによる交通量の急増は都心部につながる国道が渋滞する最大の要因となる。2020年には市の東部に地域の基幹病院となる大学病院が完成するため交通量はさらに増加し、1日1万3,000台ほどに達すると見込まれている。市は今後の交通量の増加を見越し、高額なコストをかけて新たに道路を敷設するのではなく、『City Sense』を活用したスマート交通による適切なルート指示や信号調整を通じた混雑緩和を狙っている。

課題は個人情報保護

センサーやWi-Fiシグナルに加え、最近ではドローンによる空からのデータ収集も検討されている。上述のCOWIがチェコのRCEシステムズと開発を進めるソフトウェア『DataFromSky』がその一例だ。2016年の実験では、65mの上空から5時間にわたって撮影が行われ、強風の中でも分析に問題ない画質の映像データが収集できた。映像データからは、道路や交差点の交通量、速度、衝突などのニアミス、混雑度、車間距離などの分析が可能で、今後の利用にどうつながっていくか興味深い。

現在デンマークで進められているスマート交通では、このように多様な方法で多面的なデータが収集・分析され、街の活性化や事故回避策などへの活用が期待されている。もちろん課題はある。2015年に『City Sense』 は個人情報保護法に抵触するのではないかとメディアから糾弾を受け、国民は個人情報やプライバシーへの懸念を示した。この時は『City Sense』がデータを匿名化・暗号化していること、データを保存しないこと、暗号鍵を頻繁に変更していることなどが示され、ひとまず批判は沈静化したが、今後活用が進むにつれてプライバシーやセキュリティへの対策はますます求められていくだろう。

大気汚染や交通渋滞は多くの都市が抱える課題であり、市民の関心も高い。スマートシティの動きと相まって、欧州ではEU指令により急ピッチで対策が進められている。前述のリープクラフトはすでにデンマーク国内のみならず、ロンドンなど欧州の主要都市や、さらにはメキシコにまでサービスを展開しているが、アジアへの進出は未定だそうだ。今後、住民目線の快適な都市生活の実現が注目されていく中で、IoTがより良い街づくりに貢献できることは、まだまだたくさんありそうだ。

3. 『CPH Sense』によるスマート交通の仕組み。センサーやスキャナーで収集した交通や環境のデータをさまざまな都市管理に活用する