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端末と通信費の低価格化が進む韓国の携帯電話市場

2017.08.23

アジアを中心に世界のモバイル事情をウォッチしている携帯電話研究家・ライターの山根康宏氏に、モバイルとICTを取り巻く日本と世界の現状と動向、そしてさらにその先について解説していただくこのコーナー。今号は、先進的な成熟市場として日本との相違点も興味深い韓国をテーマにお届けします。

大手3社でシェア9割 LTEの先進市場

大手通信事業者3社が携帯電話市場を寡占し、消費者の多くがポストペイド契約を結ぶ韓国。SKテレコム(SKT)、KT、LGユープラスで市場の約9割を占め、残りの10%がMVNOとなっている。いまだにMNOが強く、3社のシェアはここ10年間でほとんど変わっていない。加入者数で抜きん出ているSKTは多額の広告費をかけてブランド・イメージを維持しつつ、ネットワーク投資も積極的に行いカバレッジや通信速度でも他社を常に一歩リードしている。2013年6月には世界に先駆けて通信速度100Mbpsを超えるLTE Advancedの商用サービスを開始するなど、SKTはテクノロジー・リーダーでもあり、消費者からの信頼は厚い。

だがLTEの本格的な普及はSKTの優位性を徐々に失わさせている。シェア3位のLGユープラスはLTEの全国カバレッジを3社の中で最初に完了。3帯域キャリアアグリゲーションのフィールド・トライアルは同社が世界で初めてファーウェイと共同で実施した。3社がLTE開始後に全廃したデータ定額プランもLGユープラスがいち早く復活させ、消費者の支持を集めている。その結果、同社の顧客のLTE契約比率は他2社より高い数値になっているという。

メーカー主導+SIMフリー 日本と似て非なる販売構造

3社のシェアやLTE開始後の動きは日本の状況と重なって見えるかもしれない。しかし事業者の端末の販売やメーカーとの関係は日本とは大きく異なっており、アジアのSIMフリー市場とも異なる韓国独自のものとなっている。

各通信事業者が販売する端末は基本的にメーカーブランドだ。しかもメーカーが発表する端末を次々に導入して販売する。つまり端末の投入スケジュールはメーカーの新製品投入サイクルベースとなっている。製品もハイエンドだけではなく、ミドルレンジや低価格なエントリー・モデルも定期的に販売される。韓国の端末大手2社はサムスンとLGという世界を代表する大手メーカーであり、グローバル向けの最新モデルが真っ先に発売されるため、韓国の消費者は常に話題の製品を他国に先駆けて入手できる。

それらの最新モデルを含め、韓国で販売されるスマートフォンにはSIMロックはかかっていない。SKTとKTがW-CDMA方式を採用した2002年には、日本同様に端末にはSIMロックがかかっていた。だがその後、事業者側が段階的にロック解除に応じ、最終的にはSIMロックそのものが廃止された。

街中のあちこちにあるMNOの店舗。店頭にはティッシュペーパーやショッ

ピング・カートなど新規契約者への景品が積まれている

通信事業者と政府の戦い ゆがんだ市場を2年で適正化

韓国では携帯電話普及率が2010年に100%を超えた。新規顧客獲得が難しくなる中で、各通信事業者は端末の割引販売で顧客の目を自社に向けさせようと過激な競争が続いていた。端末価格の実質無料販売が行われることもあった。

さらにSNSが普及すると、深夜や「いまから1時間以内」といったゲリラ的な安売りを行う代理店が続出。こうした販売手法は違法行為にあたり、これに対し政府は通信事業者に営業禁止命令を幾度となく出してきた。2014年春の新学期シーズンには3社がそれぞれ45日間ずつという、世界の通信業界市場でも例を見ない長期間に及ぶ強制的な営業停止措置が取られたほどだ。しかし、それもまったく効果がなかった。

こうした状況を受けて、形骸化している補助金ガイドライン制度は2014年10月に改訂され、新たに端末流通法が制定された。端末の補助金は最大35万ウォン(約3万4,300円※)と定められ、違反対象は通信事業者だけでなくメーカーと販売店舗にも拡大。この効果はてきめんで、一部の代理店が発売から半年過ぎた端末を不当に割引販売するといった不公平な販売手法は見られなくなった。

新法施行後は端末の売れ行きが急減するなど、日本のキャッシュバック廃止直後と似たような状況を引き起こした。だが結果として韓国の端末販売市場はゆがみが是正され、現在はまっとうな市場に一変している。ハイエンド・モデルは価格が高く、中低位モデルは性能に見合った価格で販売されている。

MVNOは低価格で差別化 ミドルレンジ・スマホに追い風

韓国では現在、約40社のMVNOがサービスを展開している。ほとんどが低価格を武器にしており、MNOとの大きな差別化を図っている。韓国の未来創造科学部(科学技術や情報通信を担当する行政機関)によると、2015年の韓国のMNOのARPU(Average Revenue Per User:1ユーザーあたりの平均売上)は平均3万6,481ウォン(約3,575円※)。一方、MVNOは1万6,026ウォン(約1,571円※)とほぼ半額になっている。

韓国のMVNOは、家計の通信費引き下げという政策を背景にシェアを伸ばしてきた。日本では総務省の料金引き下げタスクフォースがMNOを対象にしたのに対し、韓国ではMVNOの立ち位置をより明確に打ち出している。

MNOが以前販売していた型落ち製品を販売するほか、独自の端末を販売するMVNOも出てきている。こうした製品は日本円で2~4万円台のミドルレンジ・モデルだ。通信費だけでなく端末も安くなれば家計の負担が軽くなることもあり、ミドルレンジ・モデルの需要はMNOのユーザーにも広まりつつある。

低価格かつ高性能なスマートフォンは、いまや中国メーカーが得意とするところだ。ファーウェイは2014年9月に、中国で販売していた『Honor 6』を『X3』としてLGユープラス傘下のMVNO事業者経由で販売開始。LTE Cat6対応、オクタコア・プロセッサー搭載ながら50万ウォン(約4万9,000円※)と価格を抑えた。このファーウェイの動きは、中国メーカーの本格的な韓国進出としても話題になった。

地元韓国勢もその動きを黙って見ているわけではなく、SKTは国内PCメーカー系のTG&Coと共同で高性能、高品質かつ低価格なスマートフォン『LUNA』を開発。それまでのミドルレンジ機種にはない金属フレーム製の高級仕上げで大人気となった。その後SKTはサムスンの『Galaxy A』シリーズやTCLコミュニケーションの『Alcatel OneTouch Idol Chac』といったミドルレンジ機種を、大量の広告展開を行うなどハイスペック・モデルのように販売。現在はMNOもミドルレンジのラインナップに力を入れだしている。

ファーウェイは昨年12月、より手頃な価格の『HUAWEI Y6』をLGユープラスから発売。MNOユーザーにも低価格志向が広がっている

2018年にはプレ5G インフラ・ベンダーと協業

韓国の通信市場でいま最も熱い話題は5Gだ。各事業者は2018年の冬季平昌オリンピックに5Gのプレサービスを開始する考えで5Gのトライアルをインフラ・ベンダーと協力して進めている。今年のMWC 2016でも、SKTとKTはブース内で5Gのテスト回線を使ったライブデモを実施。5Gの高速接続や低遅延性を利用した自動車の自動運転への応用など、新しいサービスも展示していた。

日本から見た韓国市場は、MVNOとミドルレンジ端末による通信費用の低価格化の取り組みや、5Gサービスの先行など、注目すべき点も多い。また2020年東京オリンピック、2022年冬季北京オリンピックが続くことから、今後アジア3国による最新のモバイル技術やサービス面で協業する動きも期待される。

MWC 2016では韓国の大手通信事業者も5G関連技術を展示

※1ウォン=0.098円換算

山根康宏 (やまね やすひろ)

香港を拠点とし、世界各地で携帯端末の収集とモバイル事情を研究する携帯電話研究家・ライター。商社勤務時代、転勤や出張中に海外携帯端末のおもしろさに目覚め、ウェブでの執筆活動を開始。しだいに携帯電話研究が本業となり、2003年にライターとして独立。現在1,200台超の海外携帯端末コレクションを所有する。『週刊アスキー』『ITmedia』『CNET Japan』『ケータイWatch』などに連載多数。