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5GやIoT、先端技術の活用でICTオリンピックを目指す韓国

2018.01.08

あらゆるモノをネットワークにつなげることで、私たちの生活を大きく変えるIoT。
その変化は未来の話ではなく、すでに起こり始めています。
IoTが人々の生活に密着した領域でどんな変革を生み出しているのか、世界各国から最新事情をレポートするこのコーナー。
今回は、2018年に韓国・平昌(ピョンチャン)で開催される冬季オリンピックでのICT活用についてご紹介します。

趙章恩(チョウ・チャンウン)

ITジャーナリスト
東京大学大学院情報学環特任助教
韓国ソウル生まれ。東京大学大学院学際情報学府修了(社会情報学修士)。韓国・アジアのIT事情を日本と比較しながら、わかりやすく解説するセミナーや寄稿活動を行っている。『日経ビジネスオンライン』『日経ITpro』『日経Robotics』『ダイヤモンド・オンライン』『ニューズウィーク日本版』『週刊エコノミスト』『日本デジタルコンテンツ白書』等に寄稿中。

新政権が推進する第4次産業革命

2017年5月、韓国では新しい大統領が就任した。前大統領の不正による弾劾、罷免という前代未聞の事態を受けて、国民は政治家や財閥の特権乱用を許さず、原則を守り庶民の味方になってくれそうな進歩的な大統領を望んだ。文在寅(ムン・ジェイン)大統領はさっそく韓国のあらゆる制度を見直し始め、落ち込んでいた韓国経済にも新しい風が吹き込んでいる。

経済面では、第4次産業革命関連産業を政府が後押しすることを計画している。対象になるのはIoT、AI、5G、ビッグデータ、ロボット、自動運転車、再生エネルギー、3Dプリンティング、VRなどだ。1990年代後半に国をあげてブロードバンドを普及させたことで数々のインターネットサービスが登場し、IT先進国となったように、文大統領はIoTや自動運転車に必要なインフラを国の主導で整備し、それを使って民間企業が自由に新しいサービスを開発して、韓国が再びIT分野で世界をリードする構想を発表した。これに向けて大統領の直属機関として「第4次産業革命委員会」を新設し、省庁の縦割りを超えて協力する体制を作ろうとしている。科学技術分野の研究投資も2020年まで今の2倍にすると公約した。

世界最高のICTオリンピック

いま韓国のIT関連で最も注目されているのは、2018年2月9日から25日まで開催される平昌(ピョンチャン)冬季オリンピック・パラリンピック競技大会である。世界初の5Gオリンピック、IoTオリンピック、世界最高のICTオリンピックをキャッチフレーズにしているからだ。

韓国のIT政策を担当する省庁の未来創造科学部(部は日本の省に当たる)は、平昌冬季オリンピックに向け5G、UHD(Ultra High Definition Television、4K・8K)、IoT、AI、VRの5大分野を重点的に支援している。部内には2014年から「平昌ICTオリンピック推進タスクフォースチーム」を置き、準備状況を確認している。

計画されているICT活用は多岐にわたる。QRコードチケットをARアプリにかざすと現在地から競技場の座席までARで案内してくれるほか、競技場周辺では自動運転バスが観客を運び、警備はドローンが担当。空港や競技場内ではAI搭載のロボットが各国の言葉で観光客をガイドし、競技や観光の情報が聞けるコールセンターもAIが対応、競技はUHDとVRで中継する、といったものだ。

5月にソウルのCOEX展示場で開催された韓国最大規模のICT展示会『World IT Show 2017』で最も人が多かったのは、平昌冬季オリンピックの公式通信パートナーである通信事業者KTのブースだった。会場には大会マスコット『スホラン』の着ぐるみも登場、聖火リレーの参加申し込みができるブースも設けられた。

KTのブースでは、5Gでオリンピック中継がどう変わるのか、どんな楽しみが生まれるのかを体験することができた。KTは、2018年に平昌で世界初の5Gテストサービスを提供し、海外の通信事業者より1年早い2019年に商用化サービスを開始すると宣言している。

VRで実現する新たな視聴体験

特におもしろかったのはVRコーナーである。KTはスキージャンプとボブスレーの選手のヘルメットとそりに超軽量のカメラ(16g)と送信機(58g)を付け、5G経由でVR映像を中継する計画だ。VRコーナーではこの映像で選手になった気分を味わうことができ、リアルで臨場感あふれる映像に叫び声をあげて座り込む人もいたほどだった。KTはカメラと送信機をさらに軽くする研究を続けている。

実際のオリンピックではさらに、IoTでヘルメットから選手の脳波を、ウェアラブルから心拍数を測定するという。通常の中継映像の他に選手目線の映像と、速度、位置、心拍数などを表示して、迫力満点の中継を実現しようとしている。

KTはこの『Sync View』のほか、競技中継中にユーザーが好きなアングルから映像を見たり、競技に関する詳細な情報を確認したりできる多視点ストリーミングサービス『Omni Point View』、中継画面をぐるっと回して好きな角度から静止画を楽しめる『Interactive Time Slice』、競技場内に設置された100台を超えるカメラで撮影した360度VR映像をリアルタイムで視聴できる『360° VR Live』などのサービスを計画している。

『Hologram Live』は、別々の競技場にいる選手をホログラム中継でスタジオに全員集まっているように見せる技術だ。選手はモーションセンサー付きウェアラブルデバイスを着用してインタビューに応じ、その姿が5G経由でリアルタイムにホログラムとしてスタジオに伝送される。KTによると、ホログラムはパブリックビューイングや屋外イベントでも使う計画だという。

もちろん、UHDでも中継する。UHD映像も5G経由ならスマートフォンやタブレットからスムーズに視聴できる。

これまでのオリンピックでは、中継映像は中継する側がアングルを決め、視聴者は画面を一方的に観るだけだった。しかし、超高画質映像を5Gで送受信すれば、自由自在にアングルを変えて自分だけの中継を楽しめるほか、競技場にいるかのようにリアルでインタラクティブな映像を視聴できるようになる。ただしこれには国際競技連盟と、オリンピック中継を総括するオリンピック放送機構の合意が必要なため、実現に向けた協議が続いている。

5G商用化へ着々と前進

現在、平昌周辺では1,391kmの光ケーブルをベースにオリンピック関係者専用の有線通信を3万5,000回線、LTEを含むモバイルインターネットアクセスポイントを5,000台以上敷設する工事が行われている。これにより、25万台のデバイスが同時接続できる通信環境を目指す。

KTはサムスン電子、インテル、ノキア、エリクソン、クアルコムをパートナーに迎えたKT 5G-SIG(Special Interest Group)による規格の策定を完了、2019年に世界初5G商用サービスを開始することで、同規格を世界標準にしようとがんばっている。3GPPによる5G標準化は2019年の完了を目指して進行中で、2018年時点ではまだ規格が決まっていないため、平昌でのテストサービスは試験的に28GHzの周波数帯を使う。

5Gに熱心なのはKTだけではない。韓国は2016年9月時点で移動通信加入者のLTE加入率が83%を超え、LTEの成長も頭打ちになってしまった。そこで通信事業者3社は5Gへの転換を急いでいる。KTの5Gと映像に対して、移動通信市場シェア1位のSKテレコムは5Gと自動運転車に力を入れており、KTに負けじと2019年の商用化を目標にしている。LGユープラスはファーウェイとともに商用シナリオでのトライアルを完了し、最大31Gbps/セルの通信速度を達成した。

世界初の地上波4K放送がスタート

UHDの普及も進み始めている。韓国では今年5月31日午前5時より、首都圏で世界初地上波4K本放送が始まった。ATSC 3.0(米国方式)で700MHz帯域周波数を使い、12月には大都市で、2018年2月にはオリンピック競技場がある平昌と江原道で、2020年からは全国で本放送が始まる。韓国では難視聴対策のため全世帯の9割がIPTVや衛星放送、ケーブルテレビなどの有料放送を利用しているが、有料放送ではすでに2014年から開設しているUHDチャンネルを使い、オリンピックの競技中継と関連番組を24時間放送しようとしている。編成上競技の途中で中継が中断されることもある地上波放送に対抗するのだ。また、せっかく購入したUHDテレビがオリンピック後も無駄にならないよう、地上波放送局3社(KBS、MBC、SBS)はUHDで制作した番組の割合を2017年に5%、2018年に10%と毎年5%ずつ上げていくという。

5G、UHD、VR、AIなど最新ICTを総動員し、観客も視聴者も選手も楽しめるICTオリンピックを目指す平晶冬季オリンピック。開催がいまから待ち遠しい。

平昌冬季オリンピックの公式通信パートナーとなっているKT。本社ビル前には大会マスコットのスホラン(白い虎)とバンダビ(黒い熊)が(写真提供:KT)

観光客が集まる東大門市場にはKTのVRをいつでも体験できる施設がある(写真提供:KT)

5月31日には地上波放送局3社が世界で初めて4K本放送を開始した(写真提供:MBC)