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IoTの可能性を最大限に広げるNB-IoT

2018.02.02

あらゆるモノをつなげるIoT。その実現にはさまざまな手段がありますが、いま注目されているのが、携帯電話のネットワークを活用したIoT向け通信規格の1つであるNB-IoTです。規格の標準化が完了し、2018年には多くの分野で商用化が進むことが期待されています。携帯電話研究家としてフィーチャーフォンからスマートフォン、2Gから4Gへとモバイル通信を追いかけてきた山根康宏氏が、5Gの到来とともにNB-IoTがもたらす“つながった”未来を、世界各国の導入事例を紹介しながら探っていきます。

山根康宏(やまね やすひろ)

香港を拠点とし、世界各地で携帯端末の収集とモバイル事情を研究する携帯電話研究家・ライター。1,500台超の海外携帯端末コレクションを所有する携帯博士として知られるが、最近では通信技術やIoTなど広くICT全般へと関心を広げ、多岐にわたるトピックをカバーしている。『アスキー』『ITmedia』『CNET Japan』『ケータイWatch』などに連載多数。

スマートフォンの次に来るIoTのコミュニケーション革命

気が付けば身の回りにはインターネットにつながるものがあふれるようになっている。話しかけるだけで情報を回答してくれるスマートスピーカーや、遠隔地から照明の電源をコントロールできるスマートホームなど、モノとモノがつながる本格的なIoT時代を迎えている。 携帯電話の登場は人と人をつなぎ、スマートフォンが現れると人と情報をリアルタイムで接続することを可能にした。そして今、IoTは人とモノ、モノとモノをつなぐことで、これまでに実現できなかった豊かな生活を提供しようとしている。

世界中の通信やIT関連の展示会ではこうした接続されたモノたちが、具体的に人々の生活をどのように便利にしてくれるかという展示が年々増えている。数年前までは概念や絵空事だったIoTが、今では商用化されたモノやサービスとしてその姿をしっかりと見せている。

例えば、歯ブラシの動きや回転数をモニターし正しい歯磨きを教えてくれるスマート歯ブラシや、赤ちゃんが飲むミルクの温度や飲ませる角度を記録し日々の子育てをサポートするスマート哺乳瓶など、これまで外部とつながることすら考えられなかった日常の製品が次々とネットにつながり、情報収集と解析、ユーザーへのアドバイスを行ってくれる。展示会取材を繰り返し、SF映画の世界が現実のものになるような光景を目の当たりにすると、IoTの無限の可能性が肌で感じられるのである。

かつて、海に出た漁師は港に戻ってからその日に取った魚を売りさばかなくてはならなかった。しかし、携帯電話によって、漁の直後から市場と価格交渉をすることが可能になった。やがてスマートフォンを持つことで、相場の確認や売り先の新規開拓も容易になった。さらに、IoTの普及が進めば、その日の天気や海水温から漁の出来を予測し、船のコンディションを常時監視することで燃料切れやエンジントラブルを未然に防いでくれるだろう。IoTは一過性のブームではなく、スマートフォン登場の次に来る、コミュニケーション革命を引き起こすものになるのだ。

すべてのモノがつながるIoT普及後の生活

IoTの普及は消費者の目に直接触れない部分から始まり、いつしか身の回りのあらゆるモノがインターネットに接続されている、そんな時代を迎えるだろう。IoTが当たり前のものとなる数年後には、何もかもが自動化され、日常生活はいまよりもさらに便利で快適になる。

朝目覚めれば、ベッドのセンサーが身体の動きを察知してキッチンのコーヒーメーカーの電源を入れてくれる。なかなか布団から出られなくても、腕時計で計測した健康状態や睡眠状態から、部屋のオーディオ機器がクラッシックやポップスなど目覚めに最適な音楽を選択してくれる。リビングに移動すると、大画面TVにさまざまなデータが表示されている。昨日までの電力や水道の利用量から今月はやや使いすぎであることを確認。玄関のドアの開閉記録を見ると、長男が深夜に門限を破ってこっそり帰ってきた様子――あとでひとこと言わなければ。ペットの犬は明け方に1時間ほど散歩した後に戻り、いまは庭の犬小屋ですやすやと寝ているようだ。出勤時間まではあと30分あるが、今朝は渋滞が激しいと警告が出ているため、いつもより早めのバスに乗ったほうがいい。会社付近の降水確率は40%なので傘は持たなくても済みそうだ。

バス停でバスを待っているとスマートフォンに通知。水道水のろ過フィルターが詰まり気味なのでオンラインで自動発注したというお知らせだった。駅に着き、電車の各車両の混雑率をスマートフォンでチェック。朝のラッシュ時は100%以上の混雑だが、ふと次の通勤特急の指定席を見ると、自分が乗車する駅から空席が1つ空くようだ。すかさず予約して座席を確保、これで都内までは座って行ける。会社の最寄り駅で下車すると予想に反してにわか雨が降ってきたが、駅にあるシェア傘をスマートフォンで予約して利用すれば濡れずに済む。

将来の朝の生活像だけを見ても、IoTが生活を豊かなものにしてくれることがわかるだろう。しかし、その恩恵を受けるのは消費者だけではない。道路の混雑緩和やバス運行のコントロール、自動注文による発注タイミングの解析から製品生産スケジュールへのフィードバックなど、物流や生産現場、都市活動などあらゆる業種に利益をもたらしてくれるのである。

IoT時代に必要な常時・単体接続

Gartnerによると、インターネットに接続する端末やモノの数は2016年の63億8,000万台から2017年には3割増となる84億台に、そして2020年にはその約2.5倍となる204億台になると予測されている。身の回りを見ても、市場にはすでにネット接続機能を持った家電などが数多く販売されている。だがほぼすべての製品がWi-FiやBluetoothを内蔵したもので、ネットへのアクセスにはWi-Fiルーターやスマートフォンが必要になる。

すでにスマートフォンやコンピューターは24時間ネットへの常時接続が当たり前になっており、情報やデータを絶え間なく収集することが可能だ。一方、データを取得・発信するモノの方は、現時点では完全な常時接続を実現できていない。あらゆるモノがネットに常時接続され、あらゆる場所からデータが取得できるようになれば、それこそが真のビッグデータを生み出し、大きな社会利益をもたらすだろう。すべてのモノがつながる時代のIoT機器には常時接続性が必須であり、そのためには単体でネットにアクセスできる仕様が求められる。

低電力の接続を可能にするLPWA
NB-IoTはカバレッジと信頼性が強み

Wi-FiやBluetooth、あるいはZigbeeやZ-Waveといった近距離通信に替わり注目を集めているのがLPWA(Low Power Wide Area Network)である。最大の特長はその名の通り低消費電力であること、また長距離の通信が可能であることだ。さらには通信モジュールも数百円程度と安価で、IoT製品への組み込み用途に向いている。

M2M向け用途としては、セルラー回線を利用するLTE Cat.1やCat.0といった規格が過去に制定されたものの、モジュールの価格が下がらず普及は進まなかった。それに対して免許不要の周波数帯域ISM(Industry Science Medical)バンドを使うSigfox、LoRaといったLPWA技術が登場し、ここ1〜2年で普及が広がっている。どちらも通信速度は100bps~数10Kbpsと遅いが、IoTでは少量のデータを長期間にわたってやりとりする場合がほとんどで、高速で大容量の通信は必要とされない。一方、月額100円程度という低コストは大きな武器になる。

この2つの方式に対して、セルラー回線を利用する規格として新たに登場したのがNB-IoTである。LTEの周波数を利用するため、SigfoxやLoRaのように新たにネットワークを構築する必要はない。NB-IoTは通信方式の標準化機関3GPPにより2016年にCat.NB1として制定された規格であり、既存のLTEネットワーク設備のアップグレードで展開できる。すなわちすでにLTEのネットワークを構築していれば、その全エリアでNB-IoTの利用が可能になるのだ。スペインやドイツ、シンガポールなどNB-IoTの商用サービスを開始している国の多くで、国内全土がカバレッジエリアとなっている。

NB-IoTも通信速度を抑えることで超低消費電力を実現している。180kHzと狭い帯域幅を使い、速度は上り15.6kbps、下り21.2kbps。通信モジュールは単3電池2個で10年間利用できるとされる。また、電波の到達範囲が広いことも強みだ。そのため、これまで電力供給や電池交換の問題から設置できなかったモノや、電波が届きにくくネットワークに接続できなかったモノ、例えば小型のウェアラブル機器や山奥の川沿いに設置する水位センサーなどにもNB-IoTのモジュールを搭載できるのだ。昨年策定されたリリース14の規格では、電力消費を抑えたまま通信速度を100kbps以上に向上し、ファームウェアの更新など比較的大きなデータのやりとりにも対応できるようになった。

NB-IoTは既存のLTE回線を使うため、回線提供は主に既存の通信事業者となる。長年にわたりセルラーネットワークの運用実績のある通信事業者が回線を提供することから、ネットワークの安定性や信頼性は高い。NB-IoTを使ったビジネスを展開する業者は、回線部分については通信事業者に任せ、サービス提供に専念することができる。通信料金も安く、海外の通信事業者の中には、日本円で月額100円台の低価格なプランをいち早く登場させたところもある。低コスト、低消費電力、広いカバレッジに加え、信頼できるネットワークを利用できるという4つのアドバンテージをNB-IoTは持っているのだ。

中国のシェア自転車大手ofo(オッフォ)はチャイナテレコム(中国電信)とファーウェイとの協業でスマートロックにNB-IoTを活用

サムソナイトとボーダフォンによる、NB-IoTモジュールを組み込んだスーツケース。これなら荷物の紛失の心配もなくなる

B2BのみならずB2C展開も
設置場所を選ばないNB-IoT

NB-IoTの商用化は2018年から世界で本格化すると見られている。ハードウェアベンダーによるNB-IoTのチップセットやモジュールが出揃い、通信事業者側も新たな収益源としてサービス展開を図ろうとしている。NB-IoTを利用したサービスは中国で成功しているシェア自転車のように、異業種とのコラボレーションによる新たなマネタイズの可能性も秘めている。

NB-IoTの活用先として最も期待されているのが、計測・制御機器などのセンサーへの搭載だ。温度、湿度、騒音、振動、CO2濃度計など、すでに多くのセンサーが工場内や地域に設置されネットワークに接続されている。だが、Wi-FiやBluetoothを経由するため、収集したデータはセンサー単体ではクラウドへ送信できず、別途ネットワーク環境が必要となる。さらには電源も必要だ。消費電力の少ないBluetooth LEならコイン型電池で2年程度寿命が持つ製品もあるが、電波の伝達距離は長くても数メートル。しかも距離が延びれば消費電力も上がってしまう。

これに対してNB-IoTの場合、LTEのカバレッジエリア内であれば単体で通信ができ、別途Wi-Fi環境も必要ないため、あらゆる場所に設置が可能となる。しかも乾電池で数年以上駆動するのでメンテナンスも実質的にフリーだ。河川の水位監視といったセンサーの設置が困難な場所への展開や、マンホールの防犯・安全監視のように設置するにはコストの見合わなかった場所への応用なども可能になる。

NB-IoTの展開は農業などスマート化には遠い存在だった第一次産業の改革ももたらしてくれる。土壌環境や雨量の計測、あるいは家畜の健康状態の監視など、NB-IoTの活用により、人手をかけることなくデータの自動収集が可能になる。生産効率が上がればコスト削減だけではなく、後継者不足に悩む農業従事者の負担を減らすこともできるだろう。

また、都市のスマート化にもNB-IoTが本領を発揮する。例えば、カメラによる交通の監視をセンサーに置き換え、道路や信号に設置したセンサーで車の動きを一定間隔でモニタリングして渋滞状況を監視し、そのデータを元に信号の切り替えを自動化するといったことも可能になる。雨や雪など天候のデータもあわせて集積し、ビッグデータ解析により渋滞を先読みした信号制御も行えるようになる。自動車の自動運転の実用化のためにも、道路を取り巻くさまざまな環境データの自動収集・解析は必須のものとなる。場所を選ばないNB-IoTなら、都市の多様な条件下でセンサーを設置し、データを収集することができる。

一方、B2B用途だけではなく、コンシューマー向け製品へのNB-IoTの展開も期待できる。現在市場で販売されている腕時計型のスマートウォッチでは、アプリケーションの利用やスマートフォンとのデータ同期を行うため電池の寿命は1日程度と短く、普及を阻害する要因となっている。LTEや3G通信に対応した製品もあるが、通信頻度が多ければ半日程度で電池を使い切ってしまう。しかし、通信にNB-IoTを利用し、体温や心拍数、身体の急な動きといった人体データの計測や、GPSと組み合わせた位置情報の発信といった機能に絞れば、実質的に充電不要で単体通信可能な「スマートな腕時計」となる。今後はWi-FiやBluetoothだけではなく、用途に応じてNB-IoTで通信を行うウェアラブル製品も増えていくだろう。

オーストリアのスタートアップBeeAnd.meは、ミツバチの巣箱にNB-IoTのセンサーを取り付けてハチの状態や環境に関するデータを収集・分析し、養蜂家をサポートする試みに取り組んでいる

ロケーショントラッカーとして腕時計にNB-IoTモジュールを搭載した中国移動の試作端末

温湿度、騒音、大気質などの環境データ収集や緊急警報、広告、電気自動車の充電機能なども付いたスマート街灯、いっぱいになったら収集を知らせるスマートゴミ箱など、NB-IoTはスマートシティの実現にも有用

各国で商用化が進む
スマートパーキングやスマートメーター

欧州を中心に各国でNB-IoTの商用サービスが始まっているが、導入の事例が多いのがスマートパーキングだ。ボーダフォン(Vodafone)がスペインのマドリードで、チャイナユニコム(中国聯通)が中国の上海ですでにサービスを開始している。駐車場の各駐車スペースの地面や天井に設置された車両センサーが車の出入りをチェック。そのデータをNB-IoTを通じて収集し、スマートフォンアプリに反映させる。車の運転者は街中を探しまわることなく、アプリの画面で空きスペースを容易に見つけられ、モバイルペイメントと組み合わせれば予約や支払いもスマートフォンで完結できる。消費者にとってこの上なく便利なソリューションだ。同時に、駐車場を運営する業者側は駐車場の空きを減らし、収益向上につなげられる。

上海ですでに商用化されているスマートパーキング。地中に埋め込まれたセンサーが車の出入りを検知し、スマートフォンのアプリで利用時間や料金を確認できる

また、水道、電気、ガスなどの検針や漏えい検知を自動で行うスマートメーターも、NB-IoTの活用が有望なアプリケーションだ。水道ではオーストラリアや中国の深圳市、電力ではポルトガルで、商用サービスや実証試験が行われている。日本でも昨年、メーター製造の大手である愛知時計電機がファーウェイとの技術検証を開始した

ポルトガルでは4.5Gネットワークを利用したNB-IoTスマート電力メーターの実証試験が進む

2020年の商用化を目指す5Gでは、大量のデータを瞬時に送信受信できる高速通信に加え、一度に接続できる機器の数も飛躍的な増加にも対応する。完全自動運転車(AV)の実用化において必須である低遅延レスポンスの実現にも5Gが求められている。増加し続けるIoT機器の大量接続に対応するNB-IoTは、5Gのアプリケーションの1つとしても注目されている。

標準化と実証試験の段階を終え、今年から世界中で本格的な導入が進んでいくNB-IoT。本連載ではそのさまざまな活用事例を紹介しながら、すべてがつながる未来に着々と近づいていく過程を追っていきたい。