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Baby Techで進化するアメリカの子育て

2017.12.25

あらゆるモノをネットワークにつなげることで、私たちの生活を大きく変えるIoT。
その変化は未来の話ではなく、すでに起こり始めています。
IoTが人々の生活に密着した領域でどんな変革を生み出しているのか、世界各国から最新事情をレポートするこのコーナー。
今回は、米国で多彩な製品が出現し始めているBaby Tech(赤ちゃん向けIoT機器)についてご紹介します。

瀧口範子 (たきぐち のりこ)

フリー・ジャーナリスト
上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業。フルブライト奨学金(ジャーナリスト・プログラム)を得て、1996年から2年間、スタンフォード大学コンピューター・サイエンス学部にて客員研究員。当時盛り上がりを見せていたシリコンバレー・テクノロジー産業のダイナミズムに魅了される。現在、シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネスのほか、社会、文化、時事問題など、幅広く取材。ネットと社会の変貌を追い続けている一方、建築やデザインも大きな関心の対象。

デジタル・ネイティブな子育て世代に響く赤ちゃん用IoT

現在アメリカでスタートアップが中心となって開発しているさまざまなハードウェア製品を見ていると、IoTでないものを探すのは難しい。ドアノブ、キーチェーン、スピーカーから、スーツケース、スケートボード、おもちゃ、文房具、さらには歯ブラシ、感情トラッカー、空気清浄機まで。「なるほど、こういうしくみがあるのか」と感心すると同時に、IoT製品が身のまわりにあふれる未来をリアルに実感できる。

そうした中で、いまや確固としたひとつのカテゴリーになっているのが赤ちゃん用IoT製品である。「Baby Tech」とも呼ばれる赤ちゃん用IoT製品は、2015年ごろからポツポツと発表され始めた。大人用のIoTを赤ちゃん用に小さくしたようなものもある一方で、赤ちゃん用ならではのアイデアが際立つ製品も多い。

赤ちゃん用IoTが注目される背景には、いろいろな理由があるだろう。まず、親がデジタル・ネイティブなジェネレーションY(1980~1990年代生まれ)であること。パソコンやスマートフォンを当たり前のものとして育ってきた彼らは、子育てにもインターネットを利用して臨もうとする。

もちろん安心や利便性という目的も大きい。ひっきりなしに部屋へ見に行ったり、外出先からベビーシッターに電話したりせずに、どこにいても赤ちゃんに異常がないことを確かめられるのは、なにより助かる。

また、ウェアラブル機器などで自分たちをモニターして計測することになじんでいる彼らは、赤ちゃんも計測されるべき対象だと感じているかもしれない。「クォンティファイド・セルフ」と呼ばれるように、体温や心拍数、運動量、睡眠の質などを数字で捉えるのは何と言っても科学的だ。赤ちゃんに関しては見た目だけでは判断がつかないことが多く、IoTが示す数字と、「このぐらいの数値ならば正常」といった専門家の意見とを照らし合わせて確信を持てるのは心強い。

睡眠や呼吸を計測して通知 進化する赤ちゃんモニター

このように親の心情に働きかける赤ちゃん用IoT製品が目白押しになっている中から、いくつか紹介しよう。

『Mimo(ミモ)』(写真①)は、赤ちゃんの眠りをモニターするIoT製品だ。センサーをシーツに付けたタイプと赤ちゃんの衣服に付けたタイプがあり、前者では睡眠の状態と動き、後者ではさらに体温や寝ている姿勢、目が覚めているかといった情報をスマートフォンに知らせる。一定時間動かなければ、警告も送信してくれる。複数の人間がモニターできるようになっているほか、IoTサーモスタットやカメラを手がけるNest(ネスト)の製品と連携し、赤ちゃんの体温に応じて室温調節をしたり、赤ちゃんが動くたびにスマートフォンで動画を確認したりすることも可能だ。通信にはBLE(Bluetooth Low Energy:極低電力のBluetooth)を利用して使用電力を抑え、安全性の確保を図っている。

似たような製品として、睡眠中の赤ちゃんの心拍数や呼吸をモニターする『Owlet(オーレット)』(写真②)がある。こちらは、赤ちゃんの片足に履かせる足カバーとベース・ステーションで構成されている。足カバーは、指先を挟んで計測する心拍計測器と同じしくみを利用しているとのことで、表と裏の両側から柔らかく赤ちゃんの足を包み、血流から心拍数と酸素含有量を計測するものだ。こちらもBLEを利用している。

赤ちゃんの部屋に設置できるモニター製品は古くからあったが、多くはカメラで、映像を確認するのはスマートフォンではなく、特製のモニター画面だった。そもそもこうしたモニター・カメラが広まっていたのは、アメリカの家屋が広いことと、日本のように添い寝する習慣がなく、赤ちゃんでも最初から自分の部屋やベッドでひとり寝させられる場合が多いことが理由だ。親は別室にいながら常にモニターで赤ちゃんの様子を見られる。その進化形が、Mimoをはじめとした赤ちゃんモニター用IoT製品と言える。

そうした進化を象徴するもうひとつの製品が、『Cocoon CAM(コクーン・キャム)』だ。このカメラは赤ちゃんが寝ている様子をモニターすると同時に呼吸も捉える。ウェアラブルのように赤ちゃんに装着するものは何もないのに、撮影画像をクラウド上でピクセル分析することでリアルタイムで呼吸の速度をモニターし、異常があると警告を発するのだ。

赤ちゃんのベッド近くにカメラを設置すると、最新のカメラ・ビジョン技術で赤ちゃんの胸の部分を特定し、その動きをピクセル単位で把握する。呼吸をする小さな胸の動きを捉え、毛布の下でも、仰向けでなくても呼吸を感知できる。AI技術を統合したクラウドにより、使えば使うほど精度を増していく。

①睡眠、体温、活動量などをモニターする衣服タイプの『Mimo』

②足カバーで心拍を計測する『Owlet』

入眠や授乳をサポートする製品も 課題はセキュリティの確保

驚くようなBaby Tech製品が、IoTゆりかご『Snoo(スヌー)』(写真③)だ。この製品は、ロボット技術を利用して、制御された複雑な方法で内部が揺れる。ゆっくりとした揺れと小刻みのやや強い揺れがあり、赤ちゃんの状態によって自動で設定される。腕に抱いているときと同じように、おとなしくしていればゆっくりと揺らし、泣きわめいていればちょっと忙しく揺らして赤ちゃんの気持ちを落ち着けようとするのだ。生まれる前に胎内で感じていた揺れに類似した動きが研究されたものだという。揺れに加えて「シャー」というホワイトノイズも発生し、外部の音を遮って赤ちゃんを安心させる。Wi-Fi経由でスマートフォン・アプリからコントロールすることもできる。

Snooが使われているビデオを見ると、泣き続ける赤ちゃんがまるで魔法のように数秒内に眠りに落ちるのがわかる。ゆりかごはカタカタと思ったより激しく動いているように見えるのだが、これが赤ちゃんには心地よいようだ。

③生後6か月までの赤ちゃんを対象としたIoTゆりかご『Snoo』。赤ちゃんは特製のおくるみで包まれて仰向けに固定されるようになっており、うつぶせ寝の防止にもなる

育児に不慣れな親のために考案された親切な哺乳瓶カバー『BabyGigl(ベイビーギグル)』もIoT製品だ。授乳時に傾け過ぎたり、空気が入ってしまったりしないよう、適切な角度を光で指示する。飲んだミルクの量やオムツ交換の記録を残せるプラットフォームも提供し、発育状態を把握して医師と共有するのにも役立つ。

授乳は簡単な作業に見えて、必ずしもそうではない。注意散漫だったり急いでいたりすると、飲ませ過ぎてしまうことが多いという。また、スマートフォンや人とのおしゃべりに気を取られていると、赤ちゃんが発しているサインを見逃す傾向が強いという調査結果もある。BabyGiglは、授乳に集中し、そうした間違いが起こらないようにサポートしてくれる。

ラスベガスで開催されたCES 2017でもBaby Tech製品が多数出展された。写真は注目を集めたスマート搾乳機『Willow(ウィロー)』。手ぶらで「ながら搾乳」ができ、搾乳量をスマートフォン・アプリで確認できる

赤ちゃん用IoT製品はこれ以外にもまだまだある。IoT技術は、赤ちゃんを育てる親にとっては恩恵とも言えるものだ。ただ、IoT製品のセキュリティ問題は赤ちゃん用でも変わらず、通信が一部暗号化されていなかったというケースも指摘されている。開発者や利用者の意識向上が赤ちゃん用製品でも求められるのは言うまでもない。

その上で、赤ちゃん用IoT製品はアイデアと需要があふれる魅力的な市場であることは間違いないだろう。