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ゲームだけじゃない! 社会を変えるVR

2018.02.06

DCによれば、2017年のVR(仮想現実)、AR(拡張現実)ハードウェア・ソフトウェア・関連サービスの市場規模は114億米ドル(約1兆2,768億円)に達し、2021年には2,150億米ドル(約24兆800億円)まで成長すると見込まれています。この成長を牽引するのは、VR/ARの最大の市場であるゲームや、小売業における展示用VR/ARです。スマートフォンや家庭用ゲーム機で楽しめるVRゲームのほか、イベントや店頭などでVRを体験する機会も多くなってきました。

一方、製造業や教育、医療といった分野でのVR/AR活用も今後の拡大が期待されています。現場での実施が物理的に、あるいはコスト面で難しい実験やトレーニングにおいて、バーチャルな体験を提供できるVRには大きなポテンシャルがあります。

そうしたエンターテイメントを超えるVRの可能性をさらに追求し、他者の視点を体感することで社会課題を解決しようという取り組みも生まれています。建材の販売や建物の設計・施工を祖業とし、現在は高齢者向け住宅の運営も手がける株式会社シルバーウッドは、2017年にVR事業部を立ち上げ、認知症がある人の生きる世界をVRで体験できるコンテンツの制作を開始しました。「VRには世界を変える力がある」と語る同社代表取締役の下河原忠道氏に、VR事業にかける想いとこれからのビジョンについてうかがいました。

※1米ドル=112円換算

株式会社シルバーウッド

父親の経営する鉄鋼会社に勤務していた下河原忠道氏が、米国で薄板を用いたスチールフレーミング工法を学び、帰国後の2000年に同社を設立。耐震・耐火・耐久性などの性能を維持しながら建築費の削減を実現するスチールパネル工法を自社開発し、国土交通省より大臣認定を受ける。高齢者向け賃貸住宅の建築に商機を見出し、国内で市場を開拓するうちに自社で運営まで手がけてはどうかという顧客からの提案を受け、2011年7月にサービス付き高齢者向け住宅『銀木犀<鎌ヶ谷>』を開設。現在、千葉県を中心に8つのサービス付き高齢者向け住宅と2つのグループホームを運営する。2017年にVR事業部を立ち上げ、認知症VRコンテンツの制作を開始した。2015年に銀木犀がアジア太平洋高齢者ケアイノベーションアワードの高齢者介護住宅部門で、2017年に認知症VRが同アワードのスマートケアテクノロジー(サービス)部門で最優秀賞を受賞。

安心して死んでいける住まいを作る

編集部:建築会社でありながら、高齢者向け賃貸住宅の運営を手がけるようになったのはどのような経緯だったのでしょうか。

下河原氏:当初は、高齢者向け賃貸住宅市場は今後成長するだろうという程度の認識しかありませんでした。日本には設備はきれいでも、高齢者の自立した生活を制限するような施設が少なくありません。今後は北欧などの例にならって管理型の施設から自立支援型の住宅へのシフトが進むだろうと考えていました。積極的に受注を進めるなか、あるお客様から運営までやってみたらどうかと勧められ、勢いでスタートしましたが、事業を進めるにつれ、きわめて奥の深い世界であることがわかってきました。気が付けばもう6年、12棟目の設計を手がけるまでに至っています。

編集部:ビジネスをきっかけとしながら、それほどの熱意を持つに至るまでには、何か転機があったのですか。

下河原氏:ある入居者の方との出会いが大きかったです。末期の乳がんを患う女性で、「私はここで最期を迎えます」とおっしゃったのです。それまでは、自分の建てた賃貸住宅が、人が死を迎える場所になるとは想像していませんでした。彼女は長年地域医療を支えてきた看護師でしたが、病院は人が元気になる場所であるべきで、亡くなる場所ではない、これからは住み慣れたところで自然に最期を迎えたいという高齢者が増えていくだろう、と語るのを聞き、その通りだと思いました。その後、日本を含め世界中の高齢者向け住宅を視察した結果、日本には安心して死んでいける住宅がないと感じ、そこにニーズを見出したのです。彼女の最期を看取っていく中で、死や老いに対する見方ががらりと変わりました。

認知症がある人は「困らせる人」ではなく「困っている人」

編集部:運営されているサービス付き高齢者向け住宅『銀木犀』は、そうしたニーズを満たそうとしているのですね。

下河原氏:はい。病院で過度な延命処置をせずに自宅や施設で老衰により亡くなる方の割合を「看取り率」と言います。日本の高齢者施設における看取り率は20~30%程度で、死は病院で迎えるものという考え方がいまだ主流です。一方、銀木犀ではこの6年間の看取り率が76%にも達しています。特別な専門職員は置いていませんが、地域の訪問医や看護師など外部のリソースをうまく活用しながら、自然な形で死を迎えられる環境を実現しています。

編集部:高齢者住宅の一般的なイメージを離れた、スタイリッシュな空間が印象的です。

下河原氏:クオリティの高い建築デザインで、高齢者が自由で快適に暮らせる居住空間を目指しました。従来の高齢者施設は、かわいらしい内装やお遊戯のような活動で高齢者を子ども扱いするようなところが多く、徘徊を防ぐために入口を厳重に施錠する施設がほとんどです。しかし、それは管理側の都合にすぎません。銀木犀では入居者の視点を大切にし、鍵をかけて閉じ込めるといった、自分がされて嫌なことはしないよう心がけています。また、認知症がある方にもできることはご自分でやっていただくようにしています。

シルバーウッドが運営する高齢者向け賃貸住宅『銀木犀』。快適なしつらえ、日中は施錠しないオープンな空間など、入居者が自分らしい生活を続けられるようさまざまな工夫が凝らされている

編集部:認知症に対しても、独特のアプローチを取っていらっしゃいますね。

下河原氏:そもそも認知症は特定の病理ではなく、自立した生活が困難になった状態を指します。言い換えれば、自立した生活ができれば認知症ではないわけですから、周りはそのサポートをすればいいのです。施錠や拘束といった措置は、認知症の人を取り囲んで、困った行動に対処しているようなものです。しかし、当事者の視点に立てば、認知症がある人は「誰かを困らせる人」ではなく「何かに困っている人」です。彼らが何に困っているかを考慮してサポートしなければなりません。

VRには世界を変える力がある

編集部:なるほど、“当事者の視点”という考え方が、VRにつながっていくわけですね。

下河原氏:そうですね。例えば、風邪を引いてつらい人がいたら、その経験は誰にでもありますから、当事者の状況を想像して言葉をかけられます。しかし、認知症は体験したことがないので難しい。VRならば、相手の状況を体験できるのではと考えました。

編集部:VRの可能性を感じたきっかけは?

下河原氏:初めてVRを体験して衝撃を受けてから、さまざまなコンテンツを試すようになりました。とりわけ『Tilt Brush』という360度の空間に自由に絵が描けるプログラムには斬新さを感じました。これまでのメディアは“情報”を提供するものだったのに対し、VRは“体験”を提供するものなのだと実感したのです。すなわち、ある人の体験を他の人に提供できる、他者の視点にシフトできるということです。既存のメディアとは比べものにならないほど深い学びと共感をもたらし、人間どうしをつなぐことのできるVRには、世界を変える力があると確信しました。

世の中のさまざまな争いごとの根底には、相手の立場に立つという想像力の欠如があると思うのです。昨年のアカデミー賞では不法移民の体験を描いた『Carne y Arena』(アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督)が初のVR作品として監督賞を受賞しました。この作品を通じて世界中の人々が移民の視点を体験すれば、彼らに対する見方はこれまでとはまったく違ったものになるでしょう。VRの可能性をゲームやエンターテイメントだけにとどめておくのはもったいない、社会課題の解決に活かすことができるはずだという想いから、VRプロジェクトをスタートさせました。

『Tilt Brush』では、仮想空間で360度自由に3次元の絵を描き、その中を動き回ることができる

試行錯誤で自社制作 圧倒的な映像体験を目指す

編集部:未経験の事業に着手するのは会社として大きな挑戦だったのでは?

下河原氏:最初は社員にもあきれられました(笑)。VRの開発に携わっているのはもともと建築業でCADを扱っていた社員で、ある程度の親和性はありましたが、それでもコードを1から書いてアプリケーションを開発するわけですから、試行錯誤の連続でした。動画再生用のアプリケーションはほぼ完成し、現在はコンテンツをウェブ上で配信する準備を進めています。

編集部:動画再生用アプリケーションやコンテンツもすべて自社で制作されているそうですが、制作にあたってはどのようなことを心がけていますか?

下河原氏:当事者の体験をリアルに再現できるよう、取材に力を入れ、現場でのリサーチやヒアリングを徹底しています。認知症VRでは施設に入居されている認知症がある方々や、若年性認知症と診断された友人などから多くのご意見をいただき、フィクションではない認知症の現実を描きだすことを目指しました。また、映像だけでなく音にも注目し、最新の録音技術を駆使して臨場感を高められるよう工夫しています。

同時に、バーチャルでしかできない体験を可能にするのもVRの利点です。現在制作中のコンテンツに、高齢者が救命救急医療を受ける体験をVR化して過度な延命治療の是非を問うというものがあるのですが、最後のシーンではドローン映像を使い、幽体離脱という形で死の体験を表現しています。リアルとバーチャルが融合したVRならではの圧倒的な映像体験を提供したいと考えています。

人としての気づきをもたらす体験

編集部:認知症VRを体験した方からはどのような反響がありますか?

下河原氏:医療・介護関係者から一般の方々や学生まで、昨年1年間で約9,000人に体験していただきましたが、職業や立場にかかわらず、「誰もが日常の中でサポートできることがあると気づかされた」「1人の人としての気づきを得られた」というご感想を多くいただいています。

また、認知症VRの有用性をより客観的に検証するため、徳島県那賀町と神奈川県横浜市で実証実験を進めています。VR体験群と未体験群に分け、認知症がある方に対する認識や行動の違いを比較しています。看護教育の分野でも、大阪大学の山川みやえ准教授の監修の下、認知症がある方が熱中症で緊急搬送されてきたという設定のコンテンツを作成し、京都大学医学部附属病院の看護師を対象に体験会を実施しました。当事者意識の醸成という点で大きな変化が表れたと聞いています。

認知症VRコンテンツの一場面。電車に乗っているうちに自分がどこにいるのかわからなくなってしまったという設定で、電車を降りるべきか戸惑っている様子を360度映像と本人の心の声で体験できる。このほか、幻視や空間認識の異変など、認知症のさまざまな典型症状をVR化している

「当事者の視点」を伝え続けたい

編集部:今後はどのような展開を計画していらっしゃるのですか?

下河原氏:昨年は全国各地で体験会を実施し、多くの方々に認知症VRを体験していただきましたが、今年からはHMD(ヘッドマウントディスプレイ)のレンタルとセットでコンテンツを提供する形でビジネス展開していく予定です。また、英語・中国語バージョンも制作し、世界に向けて発信していきたいと考えています。

編集部:認知症以外のVRコンテンツも制作されていますね。

下河原氏:はい。先述の救命救急医療のコンテンツは、高齢者に対する過度な延命治療の是非を高齢者自身の視点から考えてもらうことがねらいです。80歳の高齢者の視点で、救急搬送されるところから始まり、心臓マッサージの圧力であばら骨がポキポキと折れる音、AEDで電気ショックを加えられる衝撃などをリアルに再現しました。少しでも長く生きてほしいというご家族のお気持ちは当然のものです。しかし、病院で過度な救命処置を施されて亡くなっていくことが本当に最善の選択肢なのかどうか、ご本人が元気なうちに、一度考えていただきたいのです。銀木犀では多くの高齢者の方々を看取っていますが、死を迎えようとする方や見送られるご家族の方々は高い満足感を得ていらっしゃいます。病院で延命することが前提ではなく、住み慣れた場所で自然に息を引き取るという選択肢も考慮して、どのように最期を迎えたいかをご家族で話し合うきっかけを提供できればと思っています。

高齢者以外にも、自閉症児のいる家庭の日常やワーキングマザーの生活を描いたVRを制作したほか、現在LGBTの視点を体験できるコンテンツも企画しています。また、いじめに関するVRもぜひ作りたいですね。いじめを完全になくすことは難しいかもしれませんが、いじめられる側の視点をリアルに体験することで、いじめるという行為への抵抗感が確実に生まれるでしょう。マイノリティや苦しい経験をしている人たちの視点を体感してもらえれば、世の中を変えることができるはずです。

ワーキングマザーVRでは、仕事中に発熱した子どもを迎えにくるよう保育園から連絡を受け、帰宅してから家事をこなし、子どもが寝付いてから自宅で仕事をするという日常の様子をリアルに再現。実際に企業に導入され、男性社員などに体験してもらう試みが始まっている

編集部:可能性はまだまだ広がりそうですね。

下河原氏:そうですね。VRコンテンツをオンラインで配信し、家庭で体験できるようになる日も遠くありません。その時までに多様なコンテンツを制作し、社会課題を解決するVRの先駆者としてのポジションを築いておきたいと思っています。

ただ、質の高いコンテンツを制作するには資金が必要です。現在は本業の建築業の後ろ盾がありますが、今後はVR事業単独でのマネタイズを目指し、企業向けのコンテンツ制作を本格化させるほか、資金を企業スポンサーから調達するビジネスモデルの確立に取り組んでいきます。事業が安定してきたら、私自身は世界中の社会課題の現場に取材に出向き、当事者たちの声を聴いて、それをVRにすることに専念していきたいです。VRで視点をシフトすることで、社会を変える――それを本気で実現したいですね。

大阪大学大学院 医学系研究科 准教授 山川 みやえ氏

看護教育の現場では、VRは啓発的に理解と共感を促すだけでなく、ケアの状況を再現することで適切な対応を具体的に考えさせる有用な教育ツールとなりえます。認知症の症状を当事者や家族に体験してもらうことで早期発見・診断を可能にするスクリーニングツールとしても活用でき、救急搬送や治療の選択、虐待やひきこもりなど、社会的に正解のない課題に関するインパクトのある場面をVR化し、高齢化社会における問題をより深く考える機会を与えることもできるでしょう。

私が専門とする看護学は患者主体でものを考えることを主軸とする学問であり、それを学生たちに伝えなくてはなりません。社会全体で多世代間の交流が希薄になっている中、次世代を担う若い人たちは高齢者や認知症患者と実際に関わる経験が絶対的に不足しており、患者の視点をさまざまに想像できない学生が増えてきています。看護や介護の仕事では、患者とのコミュニケーションをたくさん経験し、ケアに対する専門家としての知見や価値観を培っていかなければなりません。VRはそうした経験の不足を補って余りあるものであり、知見や価値観を明確に形作る体験を提供できるものだと確信しています。


体験会に参加、 専門職としての 思い込みに気づく

社会福祉法人ジー・ケー社会貢献会 特別養護老人ホーム グルメ杵屋社会貢献の家 理事・施設長 田中 綾氏

認知症VRを体験してみて、認知症がある方の世界を忠実に再現していることに感心するとともに、自分がこれまで想像していたのとは違ったという驚きもありました。幻視や幻聴といった症状が出ることがあるのは知っていましたが、思い込んでいた見え方や聞こえ方と異なり、次の展開の予想がつかず混乱しました。現実と幻覚が混同してしまい、平静さを失う疑似体験でした。

介護の専門職は認知症や高齢者の心身状態について日々勉強していますが、逆に専門的な知識が思い込みを助長しているところがあるかもしれないという気づきがありました。学ぶことは大切ですが、視点が偏らないよう広く多角的に検証することの重要性を痛感しました。自分の考え方、とらえ方が偏っていないか、現場でも常に考えるようになりましたね。

同時に、VRでは当事者の苦しみがあまりにリアルに感じられるため、ご家族や介護スタッフが「もっと自分がなんとかしなければ」と気負いや罪悪感を持ってしまう可能性があります。VR体験を振り返り、言動の背景に対する理解を今後のケアにどうつなげていくべきかをしっかりフォローすることが大事です。そうした教育プログラムとして、施設のスタッフや地域の方々にも体験してもらえれば、地域全体で高齢者を支えていく包括支援の実現にとって非常に有用なものになると思います。


ファーウェイが追求する“つながった”VRの可能性

クラウドVRの実現に向けてエコシステムの構築を目指すiLab

VRはゲームやeスポーツの分野を中心に急速に市場を拡大してきました。しかし、現状では多くのVRはPCやゲーム機上のコンテンツにHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を接続してアクセスするもので、それぞれのプレーヤーがオフラインで個別に体験することしかできません。VRコンテンツをクラウドで提供し、離れた場所にいる複数の人たちが同時にアクセスすることができるようになれば、VRの可能性はますます広がります。

「ゲームやeスポーツでは、別々の場所にいるプレーヤーどうしで対戦することが可能になります。また、中国ではここ数年VRのゲームやeスポーツの実況中継が大きな人気を集めていますが、こうした中継ではコンテンツをVRとして体験しているのはプレーヤーだけで、観戦者はプレーの様子を2Dの動画で見ています。クラウドVRなら、観戦者もプレーヤーと同じ空間でプレーを観戦できるようになります」と語るのは、ファーウェイでネットワークソリューションのマーケティング部門におけるVR分野の責任者を務める羅峻兮(ウィリアム・ルオ)です。

ファーウェイ プロダクト・ソリューショングループ キャリアネットワークソリューションマーケティングサポート部 VR eスポーツ・ライブショー部門責任者羅峻兮(ウィリアム・ルオ)

昨年10月、ファーウェイはクラウドを介したVRサービスの発展、技術革新の促進、ビジネスシナリオの創出、包括的な産業エコシステムの構築に向けて、VRオープンラボを軸とした産業間協業に関する計画を発表した

クラウドVRには、莫大な量のデータを遅延なく伝送できるネットワークが必要ですが、ファーウェイでは現在、次世代ネットワークがもたらす新たなシナリオやユーザー体験を探究するiLabを中心に、「“つながった”VR」の実現に向けたエコシステムの構築を目指し、世界各地の企業とのパートナーシップを開拓しています。

「優れたVRコンテンツの制作者、HMDやモーションキャプチャなどのハードウェアメーカー、高速で大容量のネットワークを提供するファーウェイ――この3者が協業するクラウドVRのビジネスモデルを確立し、HMDさえあれば家庭でも気軽にVR体験ができる環境を実現することが目標です」と羅は語ります。

ファーウェイ本社内のiLabでは、クラウドVR実現に向けたさまざまな取り組みを紹介し、パートナーとの協業を推進している

中国では小学校でも導入 広がるVR活用

羅によると、中国国内にはVR体験を提供する専門店が3,000軒ほどあるほか、人気VRゲーム大会の中継が3日間で6億人に視聴されるなど、コンシューマー向けVRコンテンツの普及が急激に進んでいます。「いまのところは、こうしたコンシューマー向けのコンテンツを通じて、多くの人々にVRでどんな体験ができるのかを知ってもらう段階にあると考えています。iLabでも市場の大きいゲームやeスポーツの分野から注力していますが、教育や医療分野での取り組みも徐々に進み始めています」

中国における取り組みの1つに、ファーウェイのパートナーである北京のスタートアップ、VR SCHOOL(微視酷)の『VR教室』があります。同社は小中学校向けに、宇宙科学や生物学、化学などの教科を没入感のある360度映像で学べる数百種の教材をクラウド上で提供。教師は1台のタブレットで最大200台の学生用HMDのコンテンツを管理・操作することができます。このVR教室はすでに、ハイテク産業開発区である北京市中関村地区の小学校をはじめ、北京市内の複数の学校で導入が始まっています。

医療トレーニングにおいてもVRの活用が進みつつあります。一例として、カナダのトロント大学医学部が提供する肝臓・膵臓・臓器移植手術に特化した外科医向けトレーニング動画ライブラリー『TVASurg』では、これまでは臓器の3Gレンダリングを動画化していましたが、現在、仮想空間で臓器を手に取ってさまざまな角度から臓器の内部や病変部位を観察することができるVRコンテンツを開発中です。 「これらのプロジェクトを含め、ファーウェイは世界各地で多様なVRコンテンツを手がける企業や学術機関と、クラウド化に向けた協業の可能性を探っているところです」(羅)

VR SCHOOLの『VR教室』は北京の小学校で導入を開始、中国の教育界で注目を集めている

『TVASurg』のVRコンテンツでは、仮想空間上で臓器を手にとって観察することができる

仮想空間がつながりあい離れた場所から多人数が同時に参加

クラウドVRパートナーの1社で、ファーウェイと同じく中国・深圳に拠点を置くREALIS(レアリズ、瑞立視)は、日本で10年近くゲームやVRコンテンツの制作に携わってきたCEOの許秋子氏が、2015年に日中の技術者、コンテンツ制作者とともに立ち上げたスタートアップ企業です。同社は、空間に設置した複数のカメラでプレーヤーが身に着けたマーカーをトラッキングする光学式モーションキャプチャシステムと、遅延を最小限に抑えて仮想空間と現実空間を高い精度で同期させる独自開発のデータ処理技術によって、広い空間の中で多人数が自由に動き回れるVRコンテンツを実現しています。これまでに中国各地でVRテーマパークを運営しており、昨秋にはファーウェイとの協業のもと、複数のテーマパーク間で同時に同じゲームをプレーできるオンライン対戦VRゲームの提供を開始しました。

同社の現在の主力事業はゲームですが、多人数が同時にVR体験ができるという特長を生かし、教育・訓練向けコンテンツの制作も進めています。深圳大学のメディア学科に導入されているプログラムでは、テレビ番組の制作現場でカメラや機材を扱うためのトレーニングを行うことができます。「撮影用の機材はとても高価で、トレーニングのたびに実際に機材の揃ったスタジオを用意するのはコストがかかります。仮想空間ならさまざまな設定での実践を試すことができ、機材を破損させる心配もありません」と許氏。

日本のゲーム・VR業界で長く活躍したREALISのCEO許秋子氏は、流暢な日本語で自社技術について語ってくれた

REALISのテレビ番組制作トレーニング用VR。スタジオを自由に動き回りながら、カメラやケーブル、照明などの設定をシミュレーションできる

同社はこうした職業訓練のほか、消防などの災害シミュレーション、手術などの医療トレーニングといった、現実世界では再現しづらい場面や危険をともなう状況を複数の人たちが同時に体験しながら訓練できるVRコンテンツを開発しています。許氏は、「技術的にはどんな状況でも再現可能なので、アイデア次第でまだまだ有用な活用法が出てくると思います」と語ります。

消防や医療などのトレーニング用VRも開発。多人数が同時に参加できるため、より実践に近い訓練が可能になる

このようなマルチプレーヤー型のコンテンツをクラウド化すれば、離れた場所にいる人たちが同時に訓練を受けることも可能になります。仮想空間が現実の距離を超えて一体化したとき、VRはさらに新しい体験をもたらすでしょう。ファーウェイは世界中のパートナーとともにその実現を目指しています。