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スターハブ(シンガポール)

通信事業者は新技術が展開される上で大きな役割を果たしている。しかし、クラウドに関しては精彩を欠いていると言わざるをえない。シンガポール国内第2位の情報通信事業者であるスターハブの法人事業グループ(ソリューション)部長補佐としてビジネス・ソリューションの責任者を務めるサニー・タン(Sunny Tan)氏は、「オンライン書店にみすみすクラウド市場を奪われてしまったのはなぜなのか」と問題を投げかける。

通信事業者の強み

本誌の読者には、クラウド・コンピューティングの有望性についてもはや説明する必要はないだろう。しかし、現在クラウド分野で聞かれる主要な名前はインターネット企業かIT企業であり、通信事業者ではない。アマゾンウェブサービスは、Netflix、Farmville、Foursquareといった世界的によく知られたサイトのホスティングを行っており、市場調査会社IDCによればアマゾンの2012年のクラウド・サービスの収益は10億米ドル(約8,000億円※)に達する勢いだ。

なぜ、通信事業者は乗り遅れたのだろうか。その理由としてタン氏は、業界間の文化的な壁に加え、10年ほど前に重要なビジネス・チャンスが訪れた時点で利益の追求に対する切迫感が欠けていたことを指摘する。

「通信事業者はこれまで、従来型の事業で高い利益率を維持していました。さらに、通信市場は高度に規制されており、変化と競争の激しいIT業界とは文化が異なっています。そのため、多くの通信事業者はクラウド市場に参入しようという革新的な考えを持っていなかったのです」

タン氏はIT業界での長年の経験から、IT業界と通信業界では必要とされる能力が異なっていることを認識しており、それは「まるでお互いに外国語を話しているようなもの」だと言う。

それにもかかわらず、タン氏は通信事業者が持っている競争上の強みを熱く語る。

「通信事業者が提供するネットワークは、あらゆる可能性の接点です。通信事業者こそがコネクティビティーの中心であり、それがなければ現在のようなクラウド・サービスの多くは存在しないでしょう。S L A( S e r v i c eLevel Agreement:サービス品質保証契約)は通信事業者のDNAなのです。クラウドを普及させるには、個人向け・企業向けのいずれであれ、キャリア・グレードの信頼性が必要となります。加えて、通信事業者はサービスとサポートで消費者と複数の接点を持っています。最後に、われわれにはユーザーに対する課金手段とアグリゲーターとしての能力があります。これはI S V( I n d e p e n d e n tSoftware Vendors:独立ソフトウェア・ベンダー)が通信事業者と協力する上での明らかな利点です。多くのISVは、通信事業者のようなパートナーがいなければ規模を拡大できず、ユーザーへの課金手段も得られません」

ブロードバンド化が実現のカギ

 スターハブは、シンガポール国内のみで営業するクアドロプルプレー通信事業者(固定電話、データ通信、放送、携帯電話の4事業を提供する事業者)で、事業の3分の2はコンシューマー向けだ。かつては商業ビル向けの固定回線を十分に持っていなかったため、法人向け事業を思うように拡大できなかった。しかし2010年、シンガポール政府がNGNBN(Next-Generation NationwideBroadband Network:次世代全国ブロードバンド・ネットワーク)を計画したことでチャンスが到来した。この事業の目標は、シンガポールに最高1Gbpsの超高速ブロードバンド回線を普及させるというものであり、2012年半ばまでに光ファイバー網のカバー率を95%にすることが計画された。企業にとって、これは選択肢の増加、費用の低減、冗長性の向上を意味する。またスターハブにとっては、「100%のカバー率を目標に据え、さらに多くの顧客、とりわけ法人顧客を開拓できる、対等に戦える場」が与えられた。このように飛躍的に帯域が拡大したことで、スターハブはテレプレゼンスやクラウド・コンピューティングといったデータ負荷の大きいサービスを提供できるようになった。 「私たちは、NGNBNの計画が具体的になるまで、クラウド・サービスの展開時期を調整していました。多数のクラウド・サービスをADSL(Asymmetric Digital SubscriberLine:非対称デジタル加入者線)で支えられないのはわかっていたからです」 スターハブにとって、クラウドへの参入の決定は、大変革というよりも連続的な進歩だった。「これは、当社のデータセンター事業の延長線上に自然と存在するものでした。場所と施設はすでにあり、データセンターの構築や冗長性の確保におけるノウハウは保有していました。通信事業者とIT企業の提携が数多く見られましたが、これは顧客購買行動の観点から見れば、ハードウェアと接続環境を別々に購入するよりも、通信事業者からソリューションという形で一度に購入したほうが便利だという判断の結果でしょう。スターハブはシンガポールで信頼を得ている地域ブランドです。特に中堅・中小企業ではブランドの認知度が大きな重要性を持つため、SaaS(Software as a Service:サービスとしてのソフトウェア)やIaaS(Infrastructureas a Service:サービスとしてのインフラストラクチャー)を求めるお客様が多数当社に来られます」 スターハブはユーザーに成功をもたらす手段のひとつとして、「ハビング」と呼ばれる統合型サービスを提供している。「当社は接続、ITサービス、SaaSをまとめて提供するというクラウドのハビングによって、差別化を図っています」

クラウドならではのビジネス・チャンス

スターハブがクラウドに参入したのは2010年だった。その第一歩はSaaSソリューションであり、経理、人事管理、販売管理システムを従量課金モデルで中堅・中小企業に提供した。「これは一定の成功を収めましたが、華々しいものではありませんでした。まだ改善の余地があるのはわかっていました。たとえば、ユーザーの業務に欠かせない電子メール/コラボレーション・スイートの導入などです」

スターハブはその後、商品構成を強化し、お客様が安心できるように必要なセキュリティー要素も追加した。クラウドのことをよく知らない客層を勝ち取るため、啓発活動も必要となった。「多大な労力をかけて中堅・中小企業向けに説明を行い、特にITについてあまりよくご存知でないお客様にクラウドが何であるか、どのような利点があるかを理解してもらえるよう努めました」

2011年にスターハブはひとつの節目を迎えた。マイクロソフトとの間にシンジケーション・パートナー契約を結び、Office 365を法人向けブロードバンド・サービスと合わせて提供できるようになったのだ。マイクロソフトにとっては、アジアで2番目のパートナー契約となった。

「これは当社にとって非常に重要なステップです。クラウド・サービス仲介モデルが多数ある中で、不可欠な要素のひとつが電子メールとコラボレーション機能を統合したビジネス・ツールです。クラウドを導入するあらゆる中堅・中小企業が第一に求めるのが間違いなくこの機能でしょう」

この機能に対する市場の反応は、タン氏とチームの想像を超えていた。「もともとは中小企業をターゲットにしていたのですが、より大規模な中堅企業顧客をかなり獲得しました。たとえば、シンガポールに本社を置いて世界的に展開している有名なホテル・リゾート・チェーンは、アジア太平洋地域に展開する数々のリゾートやホテルにOffice 365を導入しています」

タン氏は、このような事例が示唆する新たなビジネス・チャンスついてさらに熱く語る。

「ホテル側本社の購買決定がシンガポールでなされれば、当社はチェーン全体にサービスを提供するための有利な足がかりを確保できます。これはクラウドだからこそ可能なことです。クラウドでなければ、海外の市場などにソフトウェアを販売することはできないでしょう。このように、私たちの市場へのアプローチも変化しているのです」

ファーウェイと実現したパブリック・クラウド

 クラウド事業でのスターハブの積極的な姿勢はSaaSにとどまらない。2012年2月に、スターハブはファーウェイの協力を得て、Argonarというブランド名のパブリックIaaSクラウドを立ち上げ、この分野への参入の大きな一歩を踏み出した。タン氏いわく、アルゴンという元素を発火させた際の緑色がスターハブのイメージ・カラーを想起させるというのが、このブランド名の由来だという。「Argonarは、演算能力とストレージ容量を必要に応じて拡張することができ、キャリア・グレードの接続性を確保しています」タン氏は自信を持ってこう語る。

「ファーウェイとの協力により、拡張性の高いパブリックIaaSクラウドを実現し、あらゆる目的のクラウド・コンピューティングに対応することができるようになりました。Argonarは、通信事業者が提供する信頼性の高いネットワーク接続とセキュリティーによって、ミッション・クリティカルなサービスのホスティングを可能にします。顧客は大きな利点を感じるはずです」

中堅・中小企業を主なターゲットとしたこのサービスによって、インフラに莫大なコストをかけることなくコンピューター・リソースを容易に管理できるようになる。これはクラウドの潮流に乗ってきた人には聞きなれた話かもしれない。しかしスターハブは革新的な料金システムによって、このサービスにさらに通信事業者ならではの価値を加えた。

「クラウド・サービスの販売方法のひとつは、完全な従量制を取り入れ、お客様のリソース利用に応じて課金することです」

スターハブは、既存顧客や見込み顧客と多くのやりとりをした経験から、必要なリソース量をお客様自身がよく理解していないことに気づいた。実際、従来のようなハードウェアのリースや購入よりもクラウド費用の方が高くなるのではないかということを心配していたのだ。

「そこで当社では従量制にある程度のフレキシビリティーを持たせ、携帯電話のような料金別プランを採用できると考えました。たとえば当社には『744コンピューティング・ユニット/月』などのプランがありますが、これだけのリソースがあれば、一定数のサービスを年中無休で継続的に利用することができます。IT管理者は通常の必要量を大体把握しているでしょうから、適切なプランを選ぶことが可能です。必要量が急増した場合はターボ・プランに申し込むことができ、超過利用に対して追加料金を支払うことになります。携帯電話の料金プランと同じような仕組みです」

この課金モデルは、大いに好評を博した。

「この方法はシンガポール市場では非常にユニークです。今のところは、ですが」と、タン氏は笑顔で付け加える。

スターハブはクラウドの経験が2年弱と比較的浅い。Argonarプロジェクトにおいて、事業性の事前検証から実稼働段階、さらに商用化された後のマーケティングに関するコンサルティングまで、1年以上に及ぶプロセス全般にわたってファーウェイのサポートがあったことは有益だったとタン氏は言う。

「当社はファーウェイと、クラウドのインフラ構築だけでなく、市場参入戦略の策定などにおいても密接な協力関係を維持しました。事業者がそれぞれ異なっているように、市場やセグメントにも各々の違いがあります。当社は、特定のニーズにしか対応できない単純なシステムも、コストを押し上げるような過度に複雑なシステムも望んでいませんでした。最終的に、思い通りのシステムを実現することができました。私たちが特に満足したのは、計画の変更に対するファーウェイの柔軟な対応です。市場についての理解を深めるにつれ、当社は事業モデルに微調整を加えることにしました。これによって実は、クラウドの実装に関してファーウェイ側でかなりの変更が必要となったのですが、この変更が非常に迅速かつスムーズに進みました。この点には大いに満足しています。結果的には求めていた要求事項をすべて満たす商品を商用化することができました」

さらなる前進

スターハブの次のステップは何であろうか。

「ファーウェイは、パブリック・クラウドのサービス強化のための非常に先進的なロードマップを用意してくれています。ファーウェイと協力し、2012年後半からは特にサービスとしてのストレージの強化に取り組んでいます。中堅・中小企業と大企業のどちらの市場にも、これまで以上に期待していただけるSaaSソリューションを提供できると思います」

シンガポールは国全体でクラウド・コンピューティングを積極的に導入している。政府はクラウド・コンピューティングによって見込まれる生産性の大幅な向上を説いており、新たな電子政府5か年マスタープラン(eGov2015)に基づいた取り組みの一部として、クラウド戦略の策定を進めている。

「当社は最近、シンガポール政府の公共サービス提供会社のひとつに選定されました。そのため今後は、品質要件を満たすだけでなく、政府の明瞭性要件にも対応していかなければなりません。ファーウェイとも、さらなる協力が必要になるでしょう」

タン氏は締めくくりとして、他の通信事業者にとっても教訓となる話を語ってくれた。

「必要なのはお客様を理解し、市場へのアクセス経路を理解することです。当社は、お客様のセグメントと規模について焦点を絞り、まずは特定の用途に限定されたクラウド・サービスを構築しました。『万能』なものなど、実際にはありえません。当社が求めたのは仮想マシン用のサービスを備えた法人向けクラウドといったものではなく、オープンで拡張性があり、ISVと親和性の高いサービスでした。また、クラウドは通信事業者にロングテール型の利益をもたらすことも頭に入れておくべきでしょう。クラウド・サービス仲介モデルでは、SaaSとしてアプリケーションをひとつ提供するだけでも、それは通信事業者にとって収益源となりえます。ロングテールから得られる機会を逃す手はありません」

そして、最後にこう付け加えた。

「この分野の黎明期は過ぎましたが、まだ遅すぎるというわけではないのです」

※1米ドルあたり80円換算