これからの通信業界を生き抜くために
NTTドコモが世界初の3Gサービスを開始した2000年8月以来、スマート端末の技術的限界と、コンテンツやアプリケーションのイノベーションを阻む未成熟なバリュー・チェーンが足かせとなり、世界規模での3Gの展開は進展を見なかった。しかし、2007年に状況は一変した。iPhoneの登場である。それに伴い、世界中の3Gネットワークに「エクサフラッド」(データの大洪水)が押し寄せた。こうして、スマート端末とアプリケーション・クラウドがパイプの成長を促進するエンジンとなった。
通信業界の発展に影響を与える動向
現在、通信業界には主に次のような9つの動向がある。これらはいずれもネットワーク通信事業者に課題とビジネス・チャンスの両方をもたらすものだ。
ユーザーの行動と要求の急速な変化
人々の生活時間がより細分化されるにつれて、ユーザーは「待つ」ということに耐性を失ってきている。ユーザーが求めているのは、快適かつ効率的な瞬時のアクセスだ。こうしたユーザーの行動や態度の変化を理解するためには、新しい手法が必要になる。
フランス・テレコムとソフトバンクは、VUCC(Variety, Uniqueness, Comfort and Connection : 多様性・ユビキタス・快適性・つながり)というコンセプトと感情ピラミッド・モデルを他社に先駆けて導入した。VUCCは人間の基本的要求を表したもので、ユーザーの要求が明らかに進化していることを示している。その中でも、ユビキタスなブロードバンド・アクセスと家族や友人、同僚などとのつながりに対する要求は特に高い。
オンデマンドのイノベーション
ユーザーの具体的な要求を特定し、適切な時間、場所、シナリオでその要求に応えることにより、オンデマンドでイノベーションをもたらすことができる。通信事業者がこれを行うには、強力なクラウド・プラットフォーム、短いTTM(Time To Market :市場投入期間)、スマートなB I(Business Intelligence :ビジネス・インテリジェンス)テクノロジーとAR(Augmented Reality : 拡張現実)/VR(Virtual Reality : 仮想現実)テクノロジーが必要になる。
MBBの急速な発展
端末やクラウドにおける技術革新は、モバイル・インターネットの需要を爆発的に増大させ、ユーザー・エクスペリエンスの限界を次々に押し上げる役割を果たした。Androidプラットフォームは、従来は高価だったスマートフォンを大衆市場へと拡大した功績がある。世界のスマート端末のユーザー数は、2011年に12億人に達した。これは、モバイル・インターネット利用者全体の20%に相当する。
その一方で、クラウド・テクノロジーの進歩により、SP(Service Provider : サービス・プロバイダー)/CP(Content Provider : コンテンツ・プロバイダー)のコスト構造は根本的に変わった。1.7G CPU + 40G HDのレンタル料は、1時間あたり10セント(約7.9円※)の水準まで下がり、運用コストの大幅な削減につながっている。現在、アマゾンのEC2/S3プラットフォームからリースしているSP/CPは35万社以上あり、それによってUDC(Utility Data Center : ユーティリティー・データセンター)のイノベーションが草の根レベルで促進されるとともに、MBB(Mobile Broadband : モバイル・ブロードバンド)の発展が加速している。
MBBによって加速するネットワーク・アップグレード
ブロードバンド、クラウド、SNS(Social Networking Service : ソーシャル・ネットワーキング・サービス)は、通信業界における新たな触媒となっている。データ・サービスの主要な形態が動画であることは言うまでもない。インターネット・トラフィック全体に占める動画の割合は2011年で52%だったが、いずれ90%を超えることは確実だ。こうした状況の中、MBBトラフィックが毎年ほぼ倍増しているのは当然だろう。また、MBBスマート端末ユーザー数も、年間6~8億人の割合で急増していると推定される。
こうした急激なネットワーク・トラフィックの増加とユーザーの利用拡大が、ネットワーク・アップグレードを加速させている。今後5年以内に、WCDMA(Wideband Code Division Multiple Access : 広帯域符号分割多元接続)/HSPAネットワークが世界人口の80%、LTEが40%をカバーすると予想されている。モバイル・アクセスに関して、待ち時間ゼロのウルトラ・ブロードバンドを実現するためには、固定ネットワーク・エレメントとワイヤレス・ネットワーク・エレメント間の連携が必要になるだろう。またブロードバンド・ネットワークの逼迫は、NFC(Near Field Communication : 近距離無線通信)を端末とクラウドで連携してサポートすることにより、効果的に緩和することが可能だ。将来的には、光通信とデータセンターをベースにしたSDN(Software Defined Network : ソフトウェア定義ネットワーク)が通信の主流を占めるようになるだろう。
オープン・プラットフォーム + イノベーション
VUCCと感情ピラミッドが示すように、SPが単独で生き残り、成長していくことは不可能だ。通信事業者が生き残りを図るためには、バリュー・チェーンにおける自らの役割を見極めた上で、オープンな協力関係、プラットフォーム共有、イノベーションを軸とした戦略を維持していかなければならない。
新たな収益モデル
ダムパイプ(土管)の提供のみによって利益を上げることは、次第に困難になりつつある。通信事業者は多角化を図る必要があるが、では具体的にどうすればよいのだろうか。最も収益性の高い技術企業に目を向ければ、その方法を見いだすことができる。
アップルは、アプリ・ストア(ユーザーの利用意欲を刺激するコンテンツ・イノベーションとアプリケーションの統合センター)と優れたユーザー・エクスペリエンスを組み合わせた、端末・クラウド融合モデルを実現している。2011年の同社の総売上高は1,080億米ドル(約8兆5,320億円※)だったが、その90%は端末販売によるものだ。つまり、アップルはハードウェアを売るためにソフトウェアを利用しているのだ。通信事業者も、いずれはこうしたモデルを検討する必要があるだろう。
一方、グーグルの収益モデルはこれとは異なり、「ググる」と言えばわかるほど確固たる地位を築いている検索サービスの強みを生かして(会社名が動詞化した企業は数少ない)、検索連動型広告に対する課金から収益を上げている。2011年は、総売上高389億米ドル(約3兆750億円※)のうち95%を広告から稼ぎ出した。これは、全世界のOTT広告プロバイダーの中でもトップの業績だ。
ロビオ、ジンガ、テンセントといった企業は、フリーミアム・モデルを効果的に活用している。これは、オープンなアプリケーション・プラットフォームと、付加価値のあるコンテンツやアプリケーションに対するプレミアムの課金からなるもので、特にICTの将来像を示すモデルと言える。
とはいえ、パイプ市場もまだ廃れたわけではない。クラウド市場の2,000億米ドル(約15兆8,000億円※)、端末市場の3,000億米ドル(約23兆7,000億円※)に対し、通信ネットワーク市場は今なお約2兆米ドル(約158兆円※)の市場規模を保っている。
高度なビッグ・データ処理
ユーザーの感情をよりよく理解するためには、ユーザーの行動データの収集と高度なCFP(Communication Finger Print : コミュニケーション・フィンガープリント)分析が不可欠だ。アマゾン、アップル、グーグルなどのマーケット・リーダーは、すでに成熟したアルゴリズムとソリューションを構築している。
それに対し、通信事業者はBIの活用に向けてまだ最初の一歩を踏み出したばかりだ。この遅れを取り戻すためには、IT、OSS(Operating Support System : オペレーティング・サポート・システム)/ BSS(Business Support System: ビジネス・サポート・システム)、SDP(Service Delivery Platform : サービス・デリバリ・プラットフォーム)、DSM(Distributed System Management : 分散システム管理)のためのサービス/サポート・プラットフォームを構築する必要がある。また、M2M端末の数は、2020年までに600億台に達することが予想されており、近年重要度が高まっている。こうした分野への対応も1つの課題だろう。
「NBN + ワイヤレス・シティー」展開のスケールアウト
ブロードバンド/インターネットの普及率と速度がGDP(Gross Domestic Product :国民総生産)と比例することは知られているが、それでもFTTx(Fiber To The x: ファイバー・ツー・ザ・エックス)やワイヤレス・シティーは商業的には採算に見合うだけの利益を生み出さない。そのため、こうした事業の推進は公共部門の手に委ねられてきた。
現在、全世界で数百件のNBN(Nationwide Broadband Network : ナショナル・ブロードバンド・ネットワーク)およびワイヤレス・シティー・プロジェクトが進行中だ。世界経済が低迷を続ける中、こうしたプロジェクトは各国政府にとって経済活性化策の定石となっている。
シナリオに基づくサービスの提供
待ち時間ゼロのユーザー・エクスペリエンスを提供し、ユーザーの要求を即座に満たすためには、柔軟なリソース割り当てと機能性を備えたネットワークが不可欠である。具体的には、あらゆるネットワーク機能とイネーブラーをIPベースで標準化することにより、リソースがプールされた「イノベーション・ファクトリー」を実現する必要がある。また、ビジネス向けサービス・エンジンによって大規模なサービス処理・作成を十分にサポートできるように、データセンターおよびクラウド・プラットフォーム能力の強化も図らなければならない。
通信事業者が見逃してはならない3つのチャンス
このような通信業界の動向を総合的に考えると、通信事業者が今後3年間で別の収益モデルに移行できる可能性は低い。しかし、目の前には3つのチャンスが広がっている。第1に、ユーザー数が25億人に及ぶMBB市場は、市場勢力図を塗り替えるような再編の機会であふれている。第2に、モバイル市場には15億人のユーザーが新たに加わろうとしている。第3に、通信事業者には、通信事業者どうし、あるいはOTT、オンライン・ゲームなどの他分野のプレイヤーと合併する道がある。これらの機会をとらえるためには、トラフィック管理の改善に加え、付加価値の向上とユーザー・エクスペリエンスを中心に据えたマーケティングを行わなければならない。ただし、それぞれの優先順位は時期によって違ってくる。
今後2~3年間は、トラフィック管理を最優先にすべきだろう。また、データ・トラフィックの急増への対応および公平でバランスのとれたリソース割り当てを実現するために、キャパシティ、効率性、インテリジェンスの観点からネットワークのスケールアップを図らなければならない。同時に、収益化ポリシーと効果的な価格決定によってネットワークの価値を最大限に高めることも必要だ。これは、アウトソーシングやマネージド・サービスなどの資産運用の改善によって補完しなければならない。
3~5年先には、ユーザー・エクスペリエンスに基づいたマーケティングとデザインに適した段階になるだろう。具体的には、継続的なイノベーションと市場でのリーダーシップを維持できるように、UGC(User-Generated Contents : ユーザー生成コンテンツ)/インタラクティブ・イノベーション、QoE(Quality of Experience : 体感品質)保証、オープン・プラットフォーム、エコシステム内の連携が必要になる。
そして、5~10年先はバリュー・マーケティングの段階だ。上記の要素に加え、ユーザーが求める新しい付加価値の動向をもとにした提案、それらに基づくイノベーションとデザイン、そしてリソースの統合について、知見を深めていく必要がある。
市場の需要とビジネス・イノベーション戦略に対する明確な見通しを立てながら、業界の動向を方向付けることに成功した企業だけが、これからのモバイル・ブロードバンド時代を謳歌することになるだろう。
※ 1米ドル79円換算