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MWC2011で垣間見たAndroidの「可能性」と「課題」

スペイン・バルセロナで開催された『Mobile World Congress(MWC)』。ここではモバイルITの今後の方向性が示され、新たなビジネスとトレンドが生まれる。モバイルIT業界にとって、“1年の始まり”の場所であるといっても過言ではない。そして2011年のMWCは、まさにスマートフォン一色だった。その中で、世界のトレンドはどのような方向に向かっているのか。また、日本市場との適合性も踏まえて何が注目なのか。

2011年2月14日から17日、スペイン・バルセロナで開催された『Mobile World Congress(MWC)』の会場はグリーンで溢れていた。

別に会場内に豊富な草木が用意されていたわけではない。Androidのシンボルキャラクターである『ドロイド』が会場内にあふれており、結果として、Androidのテーマカラーである緑が目立っただけである。

周知のとおり、『Mobile World Congress(MWC)』は本来は、携帯電話キャリアと通信機器ベンダー、端末メーカーのトレードショー(産業見本市)として発展してきた。いわば、“携帯電話”のイベントであったのだが、ここ数年はその傾向が大きく変わってきている。スマートフォンの波が一気に押し寄せ、その中心的なテーマが、これまでの携帯電話技術の進化に加えて、「インターネット」と「アプリ」の世界が加わった。これまでの携帯電話業界のトレードショーから、IT業界全体が広く関わる“コンピューターとインターネットのモバイル化”を象徴する場所になったのだ。

高性能化競争が続くAndroidスマートフォン

そのMWCの中でも、今年は「スマートフォン」が大きなテーマになっていた。なかでも注目されていたのが、Googleのスマートフォン向けOS『Android』を搭載したスマートフォン群である。世界中の多くのメーカーがAndroidを搭載した最新のスマートフォンやタブレット端末を発表・展示し、キャリア関係者に売り込みをかけていた。これまでスマートフォン市場は、法人市場のホワイトカラーかITリテラシーの高いギーク(マニア)層が中心だったが、今後はコンシューマー市場に広がっていく。本格的なスマートフォン時代の到来を見据えて、端末メーカー各社が“主力商品”としてスマートフォンを投入してきたのだ。

このスマートフォン・シフトの流れの中で、特に際立っていたのが端末メーカー各社による「高性能化競争」である。

欧州・韓国・北米の主要メーカーが、最新CPUと大型スクリーンを搭載したハイエンドモデルを相次いで発表。往年のパソコン市場での競争のように、他社よりも少しでもスペックシートの数値をよくするべく、熾烈な競争を繰り広げていた。サプライヤー各社の性能競争も激しく、デュアルコアやクワッドコアの最新CPU、スーパー有機ELや3D液晶といった高性能スクリーン技術も多く発表された。特にCPUおよびグラフィックスの高性能化は大きな争点であり、メーカー各社が最新チップを搭載したスマートフォンを展示。こぞってデモンストレーションを繰り広げていた。

また、通信技術ではLTEにも注目が集まっていた。北米ではLTEをなぜか「4G」(実際は3.9Gと区分される)としてマーケティングされている。一方、日本のキャリアもLTEの紹介コーナーを設けて、その可能性を見せていた。

垣間見えたハイエンド競争の課題

このようにMWC会場内に“高性能こそ正義”といった雰囲気があったのは事実である。とりわけ端末メーカー各社は、スマートフォン分野における優位性を訴求するため、他社よりも少しでもスペック表の数値をよくするべく競争していた。それはメーカーとしては当然のことだろう。

だが、その一方で、メーカー各社による「高性能化」は、エコシステム戦略のない過当競争にもなっていた。

確かに業界トップ企業が投入するハイエンドモデルは、デュアルコアC P Uを搭載し、ハイビジョン動画やクオリティの高い“デモ用のゲーム”をすばらしい滑らかさで動かしていた。しかし、デザインやU I(ユーザー・インターフェイス)での差別化は不十分であり、「ハードウェアの性能を活かしたコンテンツ/サービスをどのように取りそろえるのか」「その性能の高さを、どのようにしてユーザ体験としてエンドユーザに届けるのか」という筆者の質問に、明確に答えられるメーカーは少なかった。誤解を恐れずにいえば、スマートフォンのハイエンド市場全体がスペック表の数字に踊らされており、どのような価値(ユーザ体験)を創造・提供するかについての戦略がなおざりになってしまっているのだ。今回のMWCにおいて、ハイエンド市場でのメーカー同士の過当競争に少なからず危惧を抱いたのは紛れもない事実である。

また、ハイエンド市場での過当競争は、Androidスマートフォンの宿痾である「フラグメンテーション(分断)」の問題も深刻化させていた。デバイスレベルでの差別化競争を繰り広げた結果、メーカーごと・モデルごとの仕様の乱立が、以前よりもさらにひどくなってしまったのだ。CPU速度はバラバラであり、スクリーンサイズや色の見え方も大きく異なる。さらに初期搭載するAndroidのバージョンも足並みがそろっていない。アプリの供給者側から見れば、同じAndroidが搭載されているにも関わらず、市場が分断された状態なのである。

MWC会場で意見交換した複数のアプリ開発企業の幹部は「これでは(Androidスマートフォンの)どれを基準にして開発・検証すればいいのかわからない。動作保証ができない」と嘆息していた。特に微妙なタイミング調整を必要とするゲームやナビゲーションサービスを作るアプリ開発企業の悩みは大きい。他にも、Android向けにさまざまなアプリが登場する一方で、それらをわかりやすく一般ユーザに紹介・販売する仕組みも不十分である。コンテンツ・アプリストアの乱立も起きている。

ハイエンド市場におけるAndroidスマートフォンの性能進化は著しいが、そこでアプリ開発企業やコンテンツプロバイダーが“ビジネスができる環境”が整っていないのである。メーカー各社が、アプリ・コンテンツのエコシステムを軽視して高性能化競争を行った結果、フラグメンテーションの傷は2010年の頃よりもむしろ悪化してしまっていた。分断の解消は、Androidスマートフォン市場にとって大きな課題になっている。

注目は「ミドルレンジ」市場

ハイエンド市場での競争激化は、スマートフォンの技術革新の上では重要だ。他方で、“スマートフォンのビジネス”として筆者が注目したのが、メーカー各社の「ミドルレンジモデル」への力の入れようである。

グローバル市場、そして日本市場においてもそうなのだが、現在のスマートフォン市場は、「イノベーター層」と「アーリーアダプター層」が牽引するハイエンド市場だ。メーカー各社や各国のキャリアも、まずはハイエンド市場向けとしてスマートフォンを捉えている。しかし、スマートフォンの普及と社会への浸透は、かつてのパソコンやフィーチャーフォンの時よりもすばやく、マジョリティ層への本格普及期はかなり早いタイミングで訪れると見る。ハイエンド市場からミドルレンジ市場へのシフトだ。この動きは世界的なものであるが、とりわけ日本はその時期が早いと筆者は見ている。おそらく2011年末から2012年には、スマートフォンはミドルレンジ市場が主流となるだろう。周知のとおり、日本はこの層が全体の7割前後を占めており、他国に比べてローエンド市場は極めて小さい。“ミドルレンジ市場向けのスマートフォン”が重要なのだ。

この「ミドルレンジ」という視点でメーカー各社を見ると、ハイエンド市場で存在感のある端末メーカーが、必ずしも強いというわけではないことに気づく。

日本のモバイルIT業界にとっては常識であるが、ミドルレンジ市場の端末で重要なのは、「デザイン」「品質」「使い勝手のよさ」である。今のハイエンド市場でのスマートフォン競争は、これらの要素をなおざりにしてでも高性能化を求める方向で進んでいるため、ハイスペック&ハイエンドの軸でのみ競争しているメーカーほど、魅力的なミドルレンジモデルが提案できていないのだ。

ハイエンド市場で高い競争力を持つメーカーが、ミドルレンジ市場向けには“主力モデルをチープにしただけ”の提案しかできておらず、興ざめしてしまったことも少なからずあった。この部分は未だスマートフォンメーカー間の競争における“ホワイトスペース”である。ハイエンド市場で強いメーカーがミドルレンジ市場でも強いとは限らず、ここでの競争では主力プレーヤーの顔ぶれが変わる可能性がある。

では、ミドルレンジ市場で強いメーカーとは、どのような会社なのだろうか。まずは前述のとおり、基本3要素である「デザイン」「品質」「使い勝手のよさ」を高いレベルで実現できることが重要になる。

とりわけ日本市場では、ミドルレンジ層の厚さと、ここでのデザイン・品質への要求水準が高い。“安かろう・悪かろう”では通用しないのは、周知のとおりである。

そして、この基本3要素を満たした上で重要になるのが、地域ごとにニーズにあわせた「ローカライズ」がしっかりとできるか、である。これは単純に日本語対応できればよい、というものではない。日本のミドルレンジ市場で必要とされる機能の搭載を、柔軟かつ迅速に行えるフットワークのよさが重要になるだろう。たとえば、日本では3月11日の東日本大震災によって「緊急地震速報の受信機能」や「ワンセグ」への対応が重要になった。こういった“日本全体のニーズ”の変化にあわせて、グローバルでのベースモデルをすばやくカスタマイズする力が、ミドルレンジ市場に強いメーカーには求められるだろう。

キャリアとメーカーの「よきパートナーシップ」が必要

筆者が、MWC2011を通じて感じたのは、今のAndroidスマートフォン市場が持つ可能性の大きさと、現状の課題と限界の存在だ。

ハイエンド市場が牽引するAndroidスマートフォンは、メーカー主導による高性能化競争によって活性化されてきた。それはそれでいい。ITガジェットが好きな筆者個人としては、そういう流れも別に嫌いではない。しかし、今のままではAndroidスマートフォン市場が分断によって混乱し、ミドルレンジを中軸とした健全な市場形成に課題と限界が生じるのも確かだ。重要なのは、Android市場をひとつのエコシステムとして調停することである。

誰がそれを行うのか。

筆者はそれは「キャリアとメーカーのパートナーシップ」であると考えている。とりわけ日本は、今のところキャリアが販売・マーケティング・サポートの窓口となっているため、その役割は大きい。ハイエンド市場ではメーカーの個性を尊重しつつ、ミドルレンジ市場では「日本市場に調和したスマートフォン」をメーカーと一緒に作っていく、という考え方が必要だろう。また、アプリ・コンテンツ市場向けのプラットフォームの分断や、メーカーごとのUIの混乱も、ミドルレンジ市場ではキャリアが主導権を持って整えていくべきだ。そうすることでスマートフォン市場の裾野が、一般層へとさらに拡大する。

残念ながら、MWC2011では日本のキャリア・メーカーの存在感はさして強くなかった。しかし、キャリアとメーカーのよきパートナーシップをいち早く構築し、世界に先駆けてスマートフォンのミドルレンジ層への普及を進められれば。それが実現した時、日本のモバイルIT業界は、再びグローバル市場での存在感を高めることができると思う。それを期待をもって見まもりたい。

神尾 寿(かみお ひさし)

フリージャーナリスト/コンサルタント。専門分野は通信(モバイルIT)と自動車・交通、電子マネーなど。著書に「次世代モバイルストラテジー」などがある。複数の企業の客員研究員やアドバイザー、国際自動車 通信技術展(ATTT)企画委員長、モバイル・プロジェクト・アワード選考委員などを務める。Web媒体や新聞、雑誌での執筆活動のほか、精力的に講演活動も行っている。