バクリ・テレコム:低価格通信事業者の誇り
「低価格化」の波は、さまざまな業界に押し寄せている。たとえば、航空業界で注目されているLCC(Low Cost Carrier)は、利用者に「低コストな空の旅」という新たな価値を提供している。「快適さ」という意味では必ずしも充分とは言えないかもしれないが、追加料金を払えば、さまざまなサービスを受けることもできる。通信業界も例外ではないが、この激しい市場の競争のなかで企業はどのようにして競争に勝ち続けているのだろうか。インドネシアで最も急成長しているCDMA事業者『バクリ・テレコム』のデピュティ・プレジデント・ディレクター、Muhamad DannyBuldansyah(ムハマド・ダニー・バルダンシャ)氏に、価値あるサービスと超低コスト構造を両立させるビジネス・モデルについて訊いた。
低価格通信事業者『バクリ・テレコム』
バクリ・テレコムは、インドネシアで2003年に創立された。ダニーは、同社の並はずれた業績は、低価格通信事業のビジネス・モデルによるものだと考えている。このモデルは、「シンプル」「値ごろ感」「ブランド力」「多様な顧客構成」そして「効率的な運営コストと設備投資」という5つの要素で成り立っている。
KISS原則
多くの事業者は、KISS原則(k e e p itsimple, stupid:できるだけ単純にせよ)を知っているものの、実行するのは難しいと考えている。だが、バクリは、サービス・製品ライン全体にこの原則を徹底している。「バクリでは、サービスを誰もが楽しめるように、単純に、理解しやすく、使いやすくするように努めています。インドネシアには、約10社のキャリアがあり、激しい価格競争が繰り広げられています。お客様は、料金が絶えず変わり、一定の時間にしか適用されない複雑で多様な料金体系を受け入れなければなりません。これに対して、当社の料金は、2005年の開始以来、実質的に変更しておらず、どの時間帯でも同一価格です。この単純さが、お客様に安心を与えているのです」
価格構成を単純にすることに加え、バクリは2009年のEsia Bispak(プリペイドユーザーがSIMカードを替えることなく、手持ちのEsia番号から他事業者の料金プランを試すことができるサービス)の開始に伴い、顧客が異なる事業者の料金を比較するためのシンプルな方法を生み出した。契約者は、Esiaカードを交換せずにいくつもの事業者の料金体系を試し、自分自身でどれが本当に得なプランなのかを確かめることができる。「お客様にしていただくのは特定のコードを入力するか、当社に電話することだけです。後は、当社のシステムが自動的にお客様を他の事業者が提供するサービスプランに変更したり、当社のプランに戻すなどの手続きを行います。当社のシステムは、お試し期間中の料金プランの自動変更をサポートします。料金プランを比較して、最終的に他社の料金体系をお客様が選択しても、当社は手数料という形で売上が上がります。お客様が(より安い)Esiaのプランの方が気に入れば、元のプランに戻るだけで、他の事業者に乗り換えるわけではありません。どちらにしても当社にとってありがたい結果になるのです」
低価格
低価格通信事業者としてのバクリの競争力は、良心的な価格と価値あるサービスによるものだ。1時間1,000ルピア(0.1米ドル)の一番安い電話料金、20米ドルの一番安い電話機、2007~2008年に市場に投入したわずか30米ドルの一番安いカラーフォンなど、バクリは国内市場で多くの「一番」を実現しており、ダニーはこれを誇りにしている。「私たちは、低価格であることが二流のサービス・製品であることと同じ意味にならないよう、常に気をつけています。われわれは使いやすい、かつ付加価値の高いサービスを、低価格で提供しているのです」
ブランド力
ブランドエクイティ(ブランドが持つ資産価値)は、低価格事業者としてのバクリの成功にとって極めて重要である。同社は、CDMA分野におけるその主導的地位を評価され、北米の調査会社MARSリサーチ・インスティテュートおよび地元メディア誌SWAマガジンによる2009年ベスト・ブランド賞など、多くの賞を受賞している。また、バクリは、コスト効率よくブランドコンセプトを伝える明確なアプローチをとっている。「当社はあらゆる方法でキャンペーンを行い、メッセージを伝えていますが、いたるところに広告看板を掲げているのではありません。われわれはもっと巧みに、たとえば、ラジオやブログなどを通じて行っているのです。また、特定の料金や携帯端末のPRにおいても、製品特性とお得感を強調し、ブランド認知の拡大によって、当社の商品の良さをお客様が理解しやすいようなアプローチをとっています」とダニーは述べている。
顧客構成
バクリは、乗換ユーザー、デュアルユーザー(複数のモバイルを持つユーザー)、新規ユーザーという3つの重要な市場セグメントをターゲットにしている。2009年末には、契約者の約33%が新規のEsiaユーザーであり、67%がデュアルユーザーまたは乗換ユーザーであった。デュアルユーザーと乗換ユーザー市場は、利用度が新規ユーザー市場より高いため、一般的に収益性が高くなる。「インドネシアでは解約率が非常に高く、1ヵ月当たり平均15%です。契約者が1億人だとすれば、毎月事業者間で乗り換える契約者は1,500万人ということになります。当社の解約率は平均よりかなり低い5~6%で推移しており、全体的にはお客様を獲得していることになります」
資産戦略の選択
技術の選択においても、OPEX(事業運営コスト)の管理においても、バクリは費用の効率化を優先させている。
パラダイムシフト
「当社は低価格事業者ではありますが、必ずしもあらゆるものを安く購入するわけではありません。ダウンタイムで損失を出した場合、効率的なOPEXを維持することができないため、ネットワークに関しては最新式で信頼性の高い機器を選択しています。2007年と2008年には、ネットワークにかなり積極的に投資して、展開してきました。当時は、急速な展開とサービス提供が当社にとっての重要な課題でした。2009年は品質と顧客満足体験を優先させることで、パラダイムシフトを行いました。ビジネスのスピードのために顧客満足を犠牲にはしません。たとえ事業展開が遅れても、顧客満足に応えられれば、それで良いのです」
「軽い」資産戦略
低価格事業者である一方で、品質と顧客満足を約束しながら、バクリはどのようにOPEXを低く抑えるのだろうか。それは、アセットライト戦略が鍵となっている。「当社は2007年に積極的にネットワークを拡大しましたが、最善の方法は資産を制限することだと気づき、2007年半ばから開始しました。これにより、良質な通信サービスをお客様に提供するという、中核事業に集中することができます。電波塔の維持、その塗装、周囲の草刈りなど、当社の中核事業ではない部分の負担を軽減することで、コストを抑え、効率的な運営ができるのです」 実際に電波塔は、この戦略の重要な部分を表わしている。543件の電波塔に関して430万米ドル相当のセール・アンド・リースバック取引(所有する物件を貸手に売却し、貸手から当該物件のリースを受ける取引)を行った結果、2009年12月時点でバクリの94%の電波塔は、運営会社と共同設置あるいはリースによるものとなった。基地局についても同様で、2009年にバクリは国内の79の都市にネットワークの範囲を拡大し、BTS(基地局)数を3,677件に増加した。そのほとんどは第三者との共同設置またはリースによるものだ。「利益はさまざまな角度から見ることができます。たとえば、ネットワークと電波塔の構築に関するRO(I 投資収益率)が、特に初期には非常に低いため、当社のキャッシュフローはかなり良くなっています。収益を得た時点で、費用に充てる月極めのリースのほうが、はるかに有利です。当社は可能な限りこれを実施し、今では、ネットワークエレメント(NE)またはアプリケーションを追加する必要がある場合は、常に、最善策をとるために計算しています。つまり、リースか購入かを選んでいるということです」 ダニーは、ネットワークエレメントに関するリスクをどのように判断するかを説明する。「リスクの高い資産については、アウトソースすることを選び、コスト負担を軽くします。たとえば、電波塔は規制が変更されるため、高リスクであると考えます。規制当局が、われわれに合同で電波塔を共有するように強制した場合、当社は資産を失う可能性が高くなります。リースのほうがリスクは低いのです。2つ目の基準は、資産のライフサイクルです。新しい技術が急速に出現するため、軽い資産(アセット)になるよう、2~3年程度の比較的ライフサイクルが短いBTS、MSC(移動通信交換局)、BSC(バイナリ同期通信)などのNEを選択します。ライフサイクルが10~15年の光ファイバーネットワークなどは長期的に保有できるため、投資価値があると考えます」
画期的イノベーション
「画期的なイノベーションは、当社のDNAです。電気通信業界の古いパラダイムを変えるのが当社のやり方です」とダニーは言う。バクリの発展において重要な足掛かりとなった多くの画期的イノベーションの中でもその上位と言えるのは、2008年に立ち上げた1文字1ルピア(0.0001米ドル)のSMSである。「契約者は平均50文字を送信することがわかっており、当社のそれまでのSMSのインターネット料金は50ルピアでした。新しいSMSによって1文字1ルピアという料金が実行可能となりました。当社の予想どおり、この価格の変更により、皆が文を短くしたため、最初の2~3ヵ月の間、SMS収益は30~40%落ち込みました。ただ、4~5ヵ月の間には、通信量が増えたため採算が合うようになりました。それ以降、SMS収益は上昇を続け、全社の収益に貢献しています」 主に長いメールを打つ学生やメールの使用頻度の高いティーン・エイジャーなどをターゲットにしたサービスは大変な成功を収め、インドネシアでは新しいメール用語が生まれた。「契約者は、『なぜ(Why)』という意味で『Y』、『どこにいるの(Where are you)』という意味で『WRU』と打ちます。当社のお客様は、このサービスを利用して、コミュニケーションを楽しんでいます」 文字単位のSMSモデルの成功は、ベンダーからの精巧で強力な技術的サポートによって支えられている。「送信された文字数は、実際には通信プロトコルに基づくものですが、誰もがそこに気づいていませんでした。当社はここにチャンスを感じ、ファーウェイ(当社唯一のINプロバイダー)を含むSMSのプロバイダーと話し合いを開始しました。ファーウェイは当社の要求を理解し、リサーチプロジェクトを立ち上げてくれました。われわれはわずか5ヵ月間でサービスを商品化にすることができました」
バクリは2009年のみで56件、つまり1週間に1つ以上の新しい製品・サービスを売り出した。新しい製品・サービスの多様化速度をサポートするため、ダニーは総合的な料金システムを優先させた。「料金システムは挑戦的(チャレンジングな)課題ですが、バクリはチャレンジが大好きです。当社は『画期的イノベーション』戦略をサポートするため、料金の統合請求ができるサービスを目指して研究しています」
AHAデータ通信
低価格事業者でありながらも、バクリは業界のあらゆる進歩に対応しており、常にデータ通信を含めた新しい製品・サービスの機会を検討している。今年6月に、バクリは公式に高速インターネット接続サービスを立ち上げた。EV-DO(Evolution DataO n l y:第3 世代の移動体通信方式『CDMA2000』に含まれるデータ通信の技術仕様)技術を採用したこのサービスはAHAと呼ばれ、ユーザーに利便性と娯楽性を提供している。
挑戦的なネットワーク・デザイン
「EV-DOのネットワーク・デザインは難しい課題でした。当社は3つのキャリアを有し、そのうちの2つが音声サービスで、1つはデータサービスを提供しています。われわれはファーウェイからの提案を受け、EV-DO Rev. Aを実装することを決定しました。一般的な慣行では、1 件のベンダーの機器を使用して1XとDO Rev. Aをオーバーレイします。ジャカルタでは従来ファーウェイ以外のネットワークを使っているため、既存の約1,500件の1X BTS(拡散帯域幅1X=1.25MHzの基地局)の上にファーウェイのEV-DO Rev. A BTS(EV-DOの後継規格の基地局)を構築しなければなりません。そのため、まずジャカルタ中心部で2つの異なるベンダーから供給を受けていた従来の1XネットワークにDO Rev. Aをオーバーレイすることから始めました。私たちはD Oを提供したファーウェイと協力し合い、技術上の課題に取り組みました」
「当社のBTS AとBTS Bは別々のベンダーによるものだったため、最初に共通のアンテナを設置するという課題がありました。一般的には2つのアンテナシステムを必要としますが、われわれは維持することが大変に難しい共通のアンテナを望みました。そこで、ファーウェイはR&Dプロジェクトを立ち上げ、より適切なソリューションを提供してくれました。2つ目の課題は、当社従来の機器とファーウェイの機器との互換性を確保することでした。再びファーウェイの手を借り、それも順調に実現することができました」とダニーは言う。
次世代の通信を見据えて
ビジネスの観点では、バクリはすでにインドネシアの未来のデータ通信のロードマップを見せていると言える。「当社は、高速通信、ソーシャルネットワーキング、低価格のスマートフォンに特徴づけられるように、インドネシアのモバイル通信の変化を間近で見ています。最新の統計によると、Facebookの月間アクセス数に限って言えば、インドネシアは世界第3位の国であり、近いうちに英国を超えて第2位になる可能性があるとのことです。また、Twitterに関しては、米国、日本、ブラジルに次いで第4位です。インドネシア国内にブロードバンド市場は確実に存在しています。GSM技術、3G、HSPAの事業者などの当社の競合会社は、LTE(Long Term Evolution)への進化をすでに始めており、当社もその計画をしているところです。LTEへの進路について、Rev. BからLTEか、それともRev. BからDOへ進み、それからLTEへ行くか、タイミングを検討しています。まだ道のりは遠いですが、詳細を固め、実装の道筋を明らかにする必要があります。当社は、2011年初頭のLTEの試行開始を目指しています」