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高齢者のデジタルデバイド “取り残さない”デジタル社会の実現に向けて

2018.07.06
 

世界中で人々の生活を豊かに、便利にするICT。
しかし、新たな技術が利便性とともにもたらす劇的な変化は、それに“取り残される”人たちとの間に格差を生み出しかねません。ネットワーク技術が進化し、手頃な価格のデバイスが普及してきたことで、地域や経済状況によるデジタルデバイドが徐々に縮まっていくなか、大きな課題として残されているのが世代間の格差です。
今号の『HuaWave』では高齢者のデジタルデバイドに焦点を当て、キャッシュレス先進国である北欧諸国、急速なデジタル化が進む中国、そして超高齢社会に突入した日本における現状を見ながら、高齢者を取り残すことなく、すべての人々がデジタル化の価値を享受できる社会のあり方を探ります。



安岡 美佳
デンマーク工科大学 リサーチアソシエイト 北欧研究所主宰

京都大学大学院情報学研究科修士、東京大学工学系先端学際工学専攻を経て、2009年にコペンハーゲンIT大学博士取得。専門分野は、情報システム、デザインアプローチ。異文化協調作業支援、創造性支援、北欧におけるITシステムと参加型デザインの研究を行っている。

田中亜季
北欧研究所シニアコンサルタント ライター

筑波大学卒業後、日系企業、外資系企業のビジネスコンサルタントを経てデンマークの北欧研究所に入社。関心分野は北欧諸国の教育制度比較、若者への教育支援政策など。

日常生活に現金は不要
キャッシュレス化が進むデンマーク

筆者(安岡)が北欧に住み始めて13年。引っ越して来た当初は、カード利用が浸透していることによく驚いたものだった。多くのショップでクレジット機能付きの銀行デビットカードを使うことができ、タクシーもほとんどがカード払いに対応していた。それでも当時は、現金を持ってないと困るシーンは多々あった。ストリートの簡易ショップ(露店のような店)はまず現金が必須だし、友人と食事に行くときには割り勘用に現金を持参した。

その状況が変わり始めたのは、5年ほど前だったように記憶している。今では、現金を持って外出することはなく、自宅のタンスにもおそらく2~300デンマーククローネ(以下DKK、約3,600~5,400円)ほどしかない。昨年ドイツに旅行した時、空港からホテル最寄り駅までカードでチケットを買い、そこからホテルに向かおうと思った時にユーロへの換金を忘れていたことに気づいたのだが、現金がないためバスにもタクシーにも乗れず、夜の街をスーツケースを引きながらホテルまで歩いた。同じヨーロッパでも北欧とは随分事情が違うものだと困り果てた。

近年、北欧では、電子マネーやオンライン支払いシステムの利用が急増している。デンマークでは、2000年代より推進されてきた電子政府政策で公共分野のデジタル化が進み、個人番号であるCPR番号や電子署名を使った強固かつ安全なプラットフォームが確立されてきた。例えば、政府の税金還付や社会保障関連費の受け取りは、登録銀行口座に直接入金される。企業でも同様に、民間と公共間の会計業務や企業間における請求などもすべてオンライン上でデジタル化されている。個人単位の買い物でも現金の利用率は非常に低い。デンマーク中央銀行の調査によると、店舗での購買の約75%はカード決済または電子決済サービス・モバイルペイ(MobilePay)が利用されている。オンラインショッピングも増加しており、支払いはカード決済か少額決済システムが使われ、現金による代金引き換えなどはほぼない。そのため、現金利用は日常生活で姿を消しつつある。


モバイルペイはデンマーク最大の銀行であるダンスケ銀行(Danske Bank)が開発したスマートフォンの電子決済アプリ(2017年秋に分社化)。デンマークのスマートフォン使用者の90%がダウンロードしていると言われており、市場や個人商店を含むあらゆる場面で利用されている


現金は完全になくなるのか?
シニアや障害者に残る需要

現金の利用の場が目に見えて減少しているデンマーク・スウェーデン・ノルウェーでは、数年前より現金廃止が他国に先んじて実行される国になるのではないかと言われてきた。スウェーデンでの現金使用率は15%(2016年、スウェーデン中央銀行調査)、ノルウェーは2017年5月に紙幣を刷新したものの、実際の使用率は10%とも5%とも言われる。現金利用者減少を受け、デンマーク政府は2014年秋には紙幣と硬貨の発行を外部委託することを決定し、2016年5月にはフィンランド企業のミントオブフィンランド(Mint of Finland)を硬貨の鋳造委託先に、2018年2月にはフランス企業オバトゥール・フィドゥシワール(Oberthur Fiduciaire)を紙幣の印刷委託先に決定している。また民間銀行においてもダンスケ銀行は次々に窓口を廃止しているし、フィンランドでも2010年から35%以上の銀行窓口が閉鎖しており、ATMの数は14%以上減少している。

このような動きを受け、海外大手メディアでも「デンマークは30年には現金を廃止」と断言しているものもあるし、スウェーデンも現金の廃止が秒読みであるかのように報道されることもしばしばある。しかしながら、デンマーク中央銀行は筆者らの独自取材において現金廃止の予定はないと明確に述べていたし、スウェーデンとノルウェーも現金を廃止しないことを中央銀行が明言している。

紙幣や硬貨の利用者が減少していることは確かだが、北欧各国が廃止に踏み切らないのには理由がある。1つには、いまだに現金を使うシニア層が一定数いることだ。デンマークでは1982年に独自のカード決済システム、ダンコート(Dankort)が導入されたが、その時点ですでに高齢だった人たちはいまだにスーパーの買い物でも現金を使う。中央銀行の2018年2月発表の調査によれば、10~20代の若者の約70%は、100DKK(約1,800円)以下しか持ち歩かない一方で、70歳以上の高齢者の約70%は1,000DKK(約1万8,000円)ほどの現金を持ち歩いていることがわかっている。そして、高齢になるほどタンス預金額も高くなる。同調査によると、70代以上の30%がタンス預金として1万DKK(18万円)以上自宅に保有しているのと対照的に、20代では4%程度、30代でも7%程度だ。現金を持たずに生活できるデンマークだが、現金利用機会に関しては、世代間ギャップは明確に存在する。

2つめには、視覚障害者やアルコール依存症患者などの社会的弱者には現金が便利という現実もある。視覚障害者にとっては、手でさわれる物理的な紙幣やコインの役割はまだまだ大きく、あればあるだけ消費してしまう人たちには、毎日限られた額だけ渡せる現金の方が管理しやすい。

高齢者のほうが総資産は大きいため、そのぶん現金保有率が高いとも推測できる。しかしデンマーク中央銀行のアナリストによれば、現金以外の総資産の個人所有平均額は、タンス預金を多く持つ70代よりも60代のほうが大きい


増えてきた高齢者向けサポート
銀行の対応は二極化

現金を使用するシニア層への対応は、キャッシュレス先進国にとって大きな課題である。北欧諸国ではおしなべて高齢者(65歳以上)が国民の約25%を占めるがゆえに、高齢者対応は不可欠だ。北欧では1960~70年代にかけて、戦後の労働力不足から国の生き残り戦略として労働力確保のニーズが高まり、男女ともに働く社会に移行した。当時はオフィスのオートメーション化が進んだ時期でもあり、職場ではコンピューターが導入され、ITスキルが求められるようになった。この頃に働き始めた多くの男女は、タイピングやITを学び、新分野であるIT業界に飛び込んだ。それが今の70代、80代前半の人たちである。したがって、北欧の高齢者でコンピューターが使えないのはおそらく現在の80代後半以上の世代だ。とはいえ、そのような北欧においても、世代間によるデジタルデバイドは無視できない。

スウェーデンでは、ITデバイスを持たずに生活するシニア層が40万人以上いると言われている。また、「Kontantupproret」(Cash Rebellion、現金の抵抗)というキャッシュレス化社会に反発する活動が始まっており、その主張は当初は「高齢者、または科学技術に後ろ向きな人たちの声」として冷ややかに捉えられていたが、最近になって賛同の声も大きくなってきているという。

こうした動きを受け、急速な技術進歩に追い付けない人々をサポートする活動も盛んになってきた。PC・スマートフォン教室やシニア向けフォーラムを開催する非営利団体SeniorNet Swedenは、国内45の拠点で活動を展開。また、デジタル機器の利用が困難な家庭にフリーランスの技術者が直接訪問しサポートをするTechBuddyというスタートアップには、通信事業者のテリア(Telia)をはじめとする大手民間企業が協賛しはじめている。ちなみにこのサービスはRUT控除(子どもの世話のようなケアサービスや清掃サービスなど、自宅へ訪問するサービスの支払いに対して利用者が税控除を受けられる制度)の対象になっている。

ノルウェーでは、通信事業者のテレノール(Telenor)がシニア向けのスマートフォン・タブレット講座を開催している。デンマークでも、シニア層に向けて各地方自治体がスマートフォンのワークショップを開いたり、図書館が市民のための「情報ハブ」として定期的にコンピューター講習を提供している。例えば、筆者らの住む地域の図書館の講習会には、毎回数人の参加者が機器を持参してアドバイスを受け、中には定期的に参加している高齢者もいる。

加えて注目したいのは、各銀行の対応だ。デジタルへの親和性が低く、かつ大口顧客である高齢者への対応は「業務の効率化を推し進める」戦略と「顧客を手厚くサポートする」戦略とで二極化している。例えば、デンマークのトップ10銀行の1つAL(Arbejderens Landsbank)銀行は、他行の5倍の時間をかけて顧客との対話に注力し、対面の店舗は閉鎖しない戦略をとる。顧客重視の姿勢により、顧客からの評価は過去9年連続でデンマークの全銀行中第1位だ。各銀行の戦略と高齢者への働きかけが、デジタルデバイドの架け橋の1つとなるかもしれない。

完全な廃止には慎重な各国政府の方針

北欧各国の政府は現金廃止に向けて何らかの検討を行うのだろうか? 前述のように一般的に流布されている見方と異なり、例えばデンマーク政府は、現金の廃止に対してはある意味慎重で、何らかの対策をとることで課題の解決を進めるというよりは、段階的なフェードアウトを狙っているような印象を受ける。
現にデンマークでは、店舗での現金の利用を拒否することは法律で禁止されているし、政府主導での現金の廃止も電子通貨の導入も考えられていない。「現在の仕組みは機能している。現金を廃止する理由もなく、新しいインフラの整備が不可欠な電子マネーの仕組みを代替手段とする理由もない」というのがその根拠だ。

一方、スウェーデンでは、現金支払いを拒否する店舗が増加しており、教会の集金や公衆トイレ使用料もカードやスマートフォンでの支払いが好まれる。さらに公的な電子マネーeクローナの導入が検討されている。しかし中央銀行のeクローナプロジェクト中間報告によると、技術面、コスト面、法整備の体系化などの課題から、電子マネーの発行を決めかねているとしている。デンマークと同様、現金完全利用廃止の決断に対しては慎重な印象だ。

デンマークのヘレロップ市中央図書館でのワークショップ

デジタル化がもたらすつながり
サポート需要が商機に

現金の利用が確実に減少している北欧諸国ですら、しばらくは現金はなくならないだろうと言われる。世界のあちこちで言われているほど、現金がなくなる社会はまだしばらくは来ないのかもしれない。ただ、北欧諸国においては、少なくとも現金がない生活が日常となるインフラは着実に整備されており、若者を中心に、現金を持ち歩かない世代が増加していることも確かだ。

一方で、デジタル化は世代間の距離を広げるだけとは限らない。北欧はもともと自主独立の文化を持ち、成人すれば一人で生活することがベースだ。その文化が仇となり、個人の孤立化を招いているとも言われ、高齢者の孤独死が問題になっている。しかし、ネット社会が加速した影響で新たなコミュニケーションツールが生まれることは、孤立化の緩和にもつながる。個人的にも、これまで接点の少なかった祖父母に孫がSNSの使い方を教えてあげるという話はよく聞く。また、オンライン上の世界が日々の生活を営む上で不可避となれば、必然的にオフラインでのつながりも必要になってくる。例えば、福祉による援助がデバイスなしでは享受できなくなれば、それに必要なデバイス利用のサポートもまた福祉支援の一部となるだろう。前述のスタートアップTechBuddyも、この新たな需要をとらえた一例といえる。デジタルデバイドは、民間企業にとっての新たな商機も生み出すのだ。

こうした取り組みによって今後ITを使える高齢者が増加していけば、検討課題も変わっていくだろう。世界的にキャッシュレス化の流れが進むなか、先行する北欧諸国の課題と対応策は各国にとって重要な指針を示すはずだ。

※1デンマーククローネ=18円換算



高口康太

ジャーナリスト、翻訳家。中国経済・企業、中国企業の日本進出と在日中国人社会をテーマに取材を続けている。現地取材を徹底し、中国国内の文脈を日本に伝えることに定評がある。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)。ニュースサイト「KINBRICKS NOW」、個人ブログ「高口康太のチャイナ・ウォッチング」を運営。

農村コンビニ、1,000元スマホ…
市場開拓で縮む格差

モバイル決済やシェアサイクルなど、中国発のイノベーションが次々と生まれ、社会を変えている。日々登場する新しい情報技術に、中国の人々はついていけているのだろうか?

情報技術に関する格差、デジタルデバイドを生む要因はいくつもある。約14億人の人口を擁する大国には、地域、風土、言語、民族、学歴、所得……などさまざまな格差があり、そのすべてがデジタルデバイドにつながる。
しかし、そうした格差は急速に縮小に向かいつつあるのが現状だ。中国的格差の代表格とも言えるのが農村問題だが、政府は「寛帯中国」(ブロードバンド中国)戦略を推進し、2020年までに全行政村の98%にブロードバンドを接続、携帯電話ユーザーにおける3G/LTE普及率を85%に引き上げるとの数値目標を掲げている。

官が主導するインフラ建設だけではなく、民の取り組みも進んでいる。その1つが農村コンビニだ。大手EC企業の取り組みで、ECを活用した仕入れ、在庫管理、融資のサービスをコンビニ店主に提供する。ネットの使い方がわからない農民のためのネットショッピングの購入代行を請け負う拠点としての役割も担う。

他にも、いわゆる1,000元(約1万7,000円)スマホに代表される低価格の電子機器によって、低所得者にとっての価格というハードルは一気に引き下げられた。また、コンピューターで中国語の文字を入力するには発音記号であるピンインの知識が必要だが、音声入力や手書き入力の発展はピンインを知らない人たちの通信技術利用を実現した。

企業は常に新たなマーケットを求めている。既存の市場が飽和すれば、デジタルデバイドの先にあるフロンティアを開拓しようとする。弱者救済という道徳的理念ではなく、市場を拡大しようとする資本の論理が格差縮小を促している。

広東省深圳市の電気街、華強北の携帯電話ショップで販売されている「老人機」。そのほとんどはインターネット接続ができない2G携帯で、音声通話以外の用途が想定されていない。(高須正和氏撮影)

高齢者に特化してもヒットしない
「わからない、面倒」の壁

さまざまなデジタルデバイドが縮小へと向かう中、唯一取り残されているかに見えるのが、年齢の壁だ。中国の60歳以上の人口は約2億4,800万人、比率では16%に達した(2015年)。33%の日本と比べれば半分以下だが、国際基準では高齢化社会に区分される。絶対数は多いが、若者と異なり消費に消極的で、新しい事物を取り入れようとする意欲に乏しい傾向があり、アプローチが難しい市場だ。中国IT企業大手、騰訊(テンセント)が今年5月に発表した報告書『高齢者ユーザーモバイルインターネット利用報告』によると、60歳以上の高齢者のモバイルインターネット利用率は20%となっており、人口全体で見ればわずか3.2%に過ぎない。ビジネス上は高齢者を切り捨てて若者向けに特化したほうが合理的――こうした判断から高齢者向け市場への参入は少なく、年齢によるデジタルデバイドは解消される気配が見えない。

高齢者という未開拓市場に立ち向かったITベンチャーがゼロだったわけではない。2015年に創業した徐大爺(シューダーイェ)は高齢者向け旅行サイトだ。土産物屋めぐりを減らす、日程に余裕を持たせるなど、シニアに合わせた旅行プランを提供する企業として誕生した。同じく2015年創業の慈祥猫(ツィーシャンマオ)は高齢者向けのECサイト。ネットショッピングには欲しい商品を検索するスキルが必要だが、慈祥猫は生年月日や趣味、持病などを入力しておくことで、自分に必要な商品を推薦してくれる機能が売りだった。

高齢者向けサービスで最も注目を集めたのが広場舞アプリだ。中国の公園や空き地では高齢者が集まってダンスに興じる姿をよく見かける。これを広場舞というが、2015年頃からBGMやお手本となるダンスの動画を提供するアプリが登場し話題となった。最盛期には60もの広場舞アプリが乱立していた。
他にも高齢者市場に果敢に挑んだベンチャーはいくつかあるが、成功者はいない。徐大爺、慈祥猫はすでにサービスを停止。広場舞アプリも、結局は昔ながらのラジカセがスマホアプリに勝利したようで、ほとんどが消えた。

すべての高齢者がネットを拒否しているわけではない。上述のように、60歳以上の高齢者の20%はモバイルインターネットを利用している。興味深いのは高齢者ユーザーが使用しているアプリやサービスだ。同報告書によると、メッセージ、動画、投資など人気アプリの傾向は若年層と変わらない。つまり、ネットが使える高齢者には老人向けサービスは不要、ネットが使えない高齢者は老人向けサービスを使わないという状況が明らかとなった。高齢者に特化したサービスがヒットしない理由がよくわかる。

問題はネットが使えない高齢者にどうチャレンジしてもらうかだが、「よくわからないし、面倒だから」とはなからあきらめている人が多い。孫と会話するためのメッセージツール、時間つぶしのカジュアルゲームぐらいが限界のようだ。


ダンスのBGMが流せる広場舞アプリ。動画によるダンス教室、衣装や健康グッズなどのネットショップ機能、ユーザー同士の交流ができるコミュニティ機能を付加するなど発展し、ユーザー数は伸びたものの、収益化の目途が立たず苦戦している

ネットが使えない不便さは
家族のサポートで解決

中国のモバイルインターネットは極度に発展している。使いこなせればこの上なく便利だが、利用できなければ不便きわまりない。日本では携帯電話の普及とともに公衆電話の数が減り、携帯電話を持たない人にとって利便性が失われたわけだが、中国ではこうした利便性低下のネット版が各所で見られる。
例えば鉄道の切符。窓口より先にネット販売が先行するため、旧正月などのピーク時にはネットを使わなければ購入は難しい。今年の旧正月には、高齢の出稼ぎ農民が切符を入手できず、「昔は徹夜で行列すれば購入できたのに」と嘆いたエピソードが話題になった。タクシーも配車アプリが普及したため、混雑時にはスマートフォンがないと乗車は難しい。スマートフォンの所持が前提の無人コンビニも流行の兆しを見せている。
とはいえ、ネットが使えないためにサービスがまったく利用できなくなるという人は実は少数派だ。たいていは家族や友人が代理で手続して解決できてしまう。私の妻は中国人だが、ネットが使えない義母のために日本から各種手続きを代行している。時には麻雀ゲームの課金を手伝ってあげるほどだ。家族の助けがあるから新しいことを覚える必要がない。メッセージアプリで家族と連絡さえ取れれば十分というわけだ。

広東省深圳市の無人スーパー「百鮮GO」では、購入にはスマートフォンが必須だ。新興スーパーの盒馬鮮生は、顔認証決済、アプリでのトレーサビリティ確認など最新技術を使った店舗で、当初は現金決済を受け付けない方針だったが、後に当局から指導を受けて現金レジも用意された

テクノロジーの進化が突破口をもたらすか

高齢者は猛スピードで進むデジタル変革にはなかなかついていけない。しかし、テクノロジーの進化が、ICTを利用しやすくする可能性はある。例えばデバイスの変化。スマートスピーカーやコミュニケーションロボットなど、音声対話による機器は情報技術利用のハードルを下げるものと期待されている。また、プル型(ネット検索に代表される、ユーザーからアクションを起こす手法)に加え、新しい形のプッシュ型(企業側からユーザーに情報を提供する)サービスも摸索されている。注目例はライブコマースだ。ストリーミング動画配信で商品を販売する新たなECサービスで、テレビの通販番組を見るような感覚でネットショッピングが可能となる。若者向けのファッション販売を中心に火がついたが、高齢者の人気も集め始めている。

中国の高齢化は日本を上回るペースで進行しており、高齢者市場の潜在力は大きい。中国企業は今後も果敢なチャレンジを続けるだろう。市場をこじあける鍵が見つかった時、年齢の壁によるデジタルデバイドは縮小へと向かうのではないか。

※1人民元=17円換算

湖北省の農村から焼いたザリガニを直送するライブコマースでは、調理の過程を生中継(左)。ミャンマーのヒスイ販売店は商品を1つひとつ解説する(右)。いずれも視聴者はリアルタイムで商品や価格について出店者とやりとりすることができ、店舗感覚の手軽さで高齢者を引きつけている。



岩﨑 尚子

早稲田大学総合研究機構教授。早稲田大学大学院修士、博士課程修了。早稲田大学大学院商学研究科(MBA)、理工学部、政治学研究科など文理を横断し、ICTとその利活用について教鞭をとる。北京大学、シンガポール南洋理工大学などで研究員に就任。専門は超高齢社会におけるIT利活用(シルバーICT問題)、CIO、デジタル・ガバメント、災害対策とBCP、女性とICTなど。総務省、経済産業省、外務省などの委員を歴任するほか、世界18か国2地域に支部を持つNPO法人国際CIO学会の日本理事長を務める。『2030年 日本経済復活へのシナリオ』『超高齢社会の未来 IT立国日本の挑戦』 『シルバーICT革命が超高齢社会を救う』(毎日新聞社)、『CIOの新しい役割』(かんき出版)など著書多数。

4人に1人が高齢者
超高齢社会のデジタルデバイド

日本は2007年に65歳以上の高齢者人口が全体の21%を超え、国際連合が定義する「超高齢社会」に世界に先駆けて突入した。2018年5月時点でその割合は28%まで上昇し、いまや4人に1人が高齢者という時代を迎え、課題先進国である日本の対応と未来を世界が注視している。

ただ、一口に高齢者といってもその属性はさまざまだ。健康面で見ると「アクティブシニア」と呼ばれる健康で活発なシニア層が増えており、定年退職後も仕事を続けたり、社会貢献やボランティア活動に携わったりする人も多い。ICT活用の面では、関心層と、無関心層あるいはICT機器を自ら使える状態にない層に分かれ、後者はデジタルデバイドの対象になりやすい。また、ICT機器の所有率は75歳以上の後期高齢者の方が前期高齢者よりも低い。将来的に高齢者の定義が見直されれば、高齢化率も変わるだろう。何をもって“高齢者”というのか、本質を見落としてはならない。

便利なだけじゃない
ライフラインとなるICT

テクノロジーの普及は、「アクセシビリティ(触れる機会があるかどうか)」「アフォーダビリティ(価格が適切かどうか)」「ユーザビリティ(使いやすいかどうか)」の3つの要素に影響される。高齢者はまず、ICTの利便性を体感する機会が少ないことが課題だといえる。さらにICTが重要な社会インフラとなっている現在、ICT機器へのアクセシビリティは単に利便性だけの問題ではなくなっている。このことがクローズアップされるきっかけとなったのは、2011年の東日本大震災だ。

被災地でのICT利用については筆者が携わったものを含め多くの社会調査が行われているが、携帯電話やスマートフォンは安否や支援物資などの情報収集に欠かせないライフラインだったことが明らかになっており、機器の所有が生死を分けた事例もある。情報収集ツールが使えない人は災害時に取り残されてしまう――こうした危機感から、被災地を中心に高齢者向けの携帯電話・スマートフォン教室の開催が広がっていった。

2016年の熊本地震の際には、ICTの重要性がより顕著に示された。被災地での情報収集に最も多く使われた手段は携帯電話・スマートフォンによる音声通話で、2番目が地上波テレビ放送、3番目が東日本大震災以降に登場したLINEとなっている。LINEは今年3月にはフィーチャーフォン版サービスを終了してしまったが、国民全体のスマートフォン利用が進み、それを前提としたコミュニケ―ションツールが日常的に使われるようになったいま、災害時にこうした手段にアクセスできない人たちはこれまで以上に災害弱者の立場に追いやられてしまうことになる。


出典:総務省「平成29年通信利用動向調査」

アクティブシニアのニーズに見る
高齢者へのICT普及のカギ

このような問題意識を背景に、筆者が理事長を務める国際CIO学会では昨年、ファーウェイ・ジャパンと共同で「高齢社会のデジタルデバイド解消としてのスマートフォン利活用」プロジェクトを実施した。同プロジェクトでは東京都新宿区の戸山シニア活動館と神奈川県横浜市の老人福祉センターの2か所で高齢者を対象としたスマートフォン教室を開催するとともに、高齢者のICT利用のニーズを探るアンケート調査を行った。
参加者はいずれもこうした場に積極的に足を運ぶアクティブシニアで、携帯電話、スマートフォン、タブレット、パソコンのうち少なくとも1つは所有している。こうした比較的アクティブなICTユーザーの間では、地図や乗換案内など外出をサポートするアプリ、天気・防災情報アプリ、写真アプリのニーズが高く、ICT機器には軽量、持ち運びやすさ、文字の見やすさを求める傾向が見られた。

加えて、携帯電話からスマートフォンに買い替えるにあたってどのような点を検討するかという設問には、使い勝手がよいかどうか、使い方を教わる機会があるかどうかという点とともに、価格が手頃かどうか、すなわちアフォーダビリティも重視されていることが示された。スマートフォンをまだ使ったことがない、使うとしても用途が限られるという高齢者が、購入価格を抑えたいと考えるのは当然だろう。いわゆる格安スマホの登場はこうした高齢者のニーズにも応えられているといえる。

また、4人に1人がセキュリティの確保を検討ポイントとして選択している。重要な懸念とはいえ、高齢者の場合は知識のなさから情報セキュリティやプライバシーの脅威を必要以上に感じているケースが多いように見受けられる。例えば以前行った高齢者のパソコン利用に関する調査では、パソコンを使わなくなった理由として、システムのアップデートを促す警告画面が出てこわくなったからという回答が多くあった。高齢者に安心してICT機器を使ってもらうためには、使い方だけではなく、セキュリティや保守まで含めた基本的なICTリテラシー教育を提供していく必要があるだろう。

インターフェースの進化で
高齢者のユーザビリティが向上

上述の総務省の調査結果では、60代以上の高齢者ではいまだスマートフォンよりもフィーチャーフォンの所有率の方が高くなっているが、ユーザビリティの面ではスマートフォンがより多くの高齢者に受け入れられるポテンシャルは高い。例えば、タッチパネルはキーボードよりも直感的な操作や入力が可能なため、高齢者には親和性が高いインターフェースだ。音声入力も、最近になってスマートフォンでの検索や音声アシスタントなどで利用機会が増えてきている。

また、LINEのスタンプ機能も、文字入力の手間がかからず、高齢者が手軽に使えるコミュニケーションツールだ。とりわけ日本の高齢者は「友人がやっていれば自分も」という同調志向が強い傾向にあり、仲間うちの閉じたコミュニケーション手段としてLINEは人気のSNSとなっている。

サービスイノベーションへのシフトで
“人に寄り添う”技術を実現する

こうした高齢者に共通の特徴を見ていくと、デジタルデバイドの解消に向けたヒントが見えてくるだろう。重要なのは、技術が先行するのではなく、人に合わせて技術を提供すること、すなわちテクノロジーイノベーションからサービスイノベーションへのシフトだ。高齢者がどんな行動特性を持ち、どのような機器やサービスを必要としているのかを見極めなければならない。

例えば写真撮影。高齢者が最も利用するスマートフォン機能の1つだが、複雑な設定をすることなく簡単にきれいな写真が撮れなければ、高齢者のニーズは満たせない。AI機能によって被写体や場面に合わせてスマートフォン自体が最適な設定を判断してくれるファーウェイの製品は、高齢者を含むユーザーのニーズに基づいたサービスイノベーションの好例といえる。

また、高齢者にはこれまで慣れ親しんできたものを使い続けるという特性がある。したがって、現在使っているツールをまったく新しいテクノロジーに置き換えてもらうことは難しい。買い替える、使い方を学ぶというわずらわしさを感じることなく、既存のツールを使い続けながら知らない間に機能がアップデートされるようになれば、技術の進歩に取り残される人は減るはずだ。


新宿区で実施した高齢者向けスマートフォン教室では、ファーウェイのスマートフォンを使い、早稲田大学の学生たちのサポートによってさまざまなアプリの使い方を学習。学生と高齢者が交流を深める機会にもなり、世代間の共生の重要性が認識された

いずれはデバイスがAIによる機械学習でユーザーの特性を分析し、最適な機能を提供できるようになっていくだろう。高齢者がテクノロジーについていくのではなく、テクノロジーが高齢者に寄り添っていくことで、デジタルデバイドの縮小が可能になるのだ。こうしたサービスイノベーションは、モビリティ(自動運転)やeヘルスケアなどあらゆる産業で不可欠になるだろう。

超高齢社会を先行する日本には、そのモデルを世界に示すことが期待されている。モバイルマネーを含むフィンテックやシェアリングエコノミーの普及が勢いを増し、今後新たなサービスが登場してデジタル変革が進んでいくなか、高齢者を取り残すことのない人間主導のデジタル社会をいかに実現するか。日本の、そして世界の未来を左右する課題に、我々は取り組んでいかなければならない。