MOBILE WORLD CONGRESS 2018
2 月26日~3月1日、スペイン・バルセロナで開催されたモバイル業界最大の展示会『Mobile World Congress(MWC)2018』。例年どおり会場となったFira Grand Viaには205か国からのべ10万7,000人の来場者が詰めかけ、総面積12万㎡、2,400社が出展する広大な展示ブースや、業界のリーダーたちが知見を共有する講演やカンファレンスにおいて、最新の技術とトレンドを体感しました。
あらゆるものがネットワークにつながっていくいま、MWCがカバーする領域も年々広がってきています。HuaWaveでは毎年4月号でMWCレポートをお届けしていますが、こうした動向を踏まえ、今回は5G、IoT、ロボティクス・AIという3つの切り口から異なる執筆者の方々に、それぞれの視点からレポートしていただきました。
- 「5Gはもう始まっている」 ネットワークから端末まで、見えてきた商用化(小山安博)
- プラットフォーム化が進むスマートシティ イニシアティブとコストが今後の課題(小泉耕二)
- ロボット=身体」と「AI=知能」を進化させる「通信=神経」 5Gがもたらす、人間と機械がつながる未来(河鐘基)
小山安博
ネットニュース編集部での編集者兼記者、デスクを経て2005年6月にライターとして独立。セキュリティ、デジカメ、携帯電話などを専門領域とし、『マイナビニュース』『Engadget 日本版』『BUSINESS INSIDER JAPAN』など多数のメディアに寄稿。発表会取材、インタビュー取材、海外取材、製品レビューまで幅広く手がける。
スマートフォンは一段落
目立つインフラ展示
MWCはその名の通り、もともとはモバイル関連の展示会だが、最近ではIoTやセキュリティ、決済など、関連する技術も多く展示され、拡大の一途をたどっている。一方、ここ数年のスマートフォンブームは一段落してきたようだ。MWCでは毎年スマートフォンの新製品が華々しく登場して会場を盛り上げており、もちろん今年も各社が新製品を発表したが、発表ラッシュに埋もれることを嫌ってか、個別に発表を行う企業も増えた。新製品の特長が出しにくくなり、コモディティ化が進んだことで、MWCの話題としては相対的に小さくなっている。 MWCは、欧州の通信事業者などが集まる業界団体GSMAが主催するイベントで、コンシューマー向けの端末も多く展示されているものの、主力は基地局やネットワーク機器などのインフラ側の製品だ。特に今年は、「5G」が全体を象徴するテーマとなっており、商用化に向けてインフラベンダーが勢いを増していたのが印象的だ。いつにもまして、インフラ側の話題が多い展示会だった。
前倒しで進む実用化
国ごとに温度差も
超高速、大量接続、低遅延などを実現する次世代のモバイルネットワーク規格である5Gは、もともと2020年の商用化が計画されていた。2020年は日本では東京五輪が開催される年でもあり、国内の通信事業者もそれに照準を合わせて開発を続けてきた。標準化を行う3GPPもそうしたタイムラインで活動してきたが、昨年になってこの仕様策定スケジュールが前倒しされた。標準化を2段階に分けて、第1段階のRelease 15を用いたサービスが2019年から可能ということになり、昨年12月には5G向け無線方式「5G NR(New Radio)」の初版の策定が完了している。前倒し発表後初のMWCである今回、インフラベンダー各社がこぞって5Gに対する進捗状況をアピールする場となったのだ。
平昌五輪を開催した韓国が現地で5Gのテストを行い、米国でも複数の通信事業者が2018年中のサービス開始を目指しているが、これらは完全に5Gの仕様に一致しているわけではなく、あくまで「プレ5G」ともいうべきもの。正式な5Gの仕様に基づいたサービスは2019年をターゲットとしているが、これは日本や欧州と比べるとやや前のめりの印象だ。とりわけ欧州の大手通信事業者は慎重な構えで、「2019年に試験を開始するが、正式サービスは2020年になる」(ボーダフォン)といった声も聞こえてくる。ブースでも5Gを強調する米韓に対して、欧州の通信事業者はあまり大々的にはアピールしていないようだった。
1. 5Gがすでにレディであることを示すファーウェイの展示。コアネットワークから基地局、CPEまでカバーする
2. 欧州の通信事業者ではボーダフォンが5Gのアンテナを会場周辺に設置し、会場内とのリアルタイムの映像伝送のデモを見せていたが、ブースの一角にあるだけで、それほどアピールしていたわけではなかった。日欧の通信事業者は用途提案の展示に重きを置いていたようだ
5G対応チップも登場
相互接続性も検証済み
とはいえ、2019年に正式サービス開始を目指す事業者もあり、インフラベンダー側は準備に余念がない。クアルコムはすでに5G対応モデム『Snapdragon X50』をベンダーにサンプル出荷しているほか、ファーウェイも5G対応チップセットを発表し、2019年にはスマートフォン向けに製品化する計画。スマートフォンの準備が整うのは、おそらく2019年の後半になるだろう。家庭用ルーターのようなCPE(ユーザー宅内装置)製品はそれより早まる見込みで、固定置き換えを狙う米国の通信事業者は、これを採用したサービスを提供することが見込まれる。サムスンによれば、同社のASIC(特定用途向け集積回路)を採用したホームルーターと基地局を使って、米ベライゾンが固定置き換えのFWA(固定無線アクセス)サービスを今年後半にも開始する。当初はプレ5Gで、年末には標準の5G NRに切り替える計画だという。こちらは、モバイル用途を当初は想定していないことから、カバーエリアは限定的になる模様だ。
一方、クアルコムは当初からスマートフォン対応を想定しており、同社のチップセットとファーウェイをはじめとしたインフラベンダーの機器との相互接続性を検証する「IODT(Interoperability Development Testing)」を実施している。これによって、クアルコムのチップセットを搭載したスマートフォンなどのデバイスと、基地局などのインフラ設備とが相互に接続可能であることが確かめられた。標準に準拠していれば相互接続性は担保されるはずだが、実際の試験で確認されたのは重要なターニングポイントだ。同じく5G対応モデム『XMM 8060』を発表しているインテルも、今回はPCでライブデモを実施していたが、スマートフォン対応も計画しているという。
3. クアルコムの5G対応モデム『Snapdragon X50』は、8波を束ねることで最大4.39Gbpsの通信を実現していた
4. クアルコムとインフラベンダー各社のIODTが完了し、各社とも問題なく接続できることが確認された
屋内外で超高速通信を実現
効率的なエリア構築がカギ
5Gは複数の周波数帯が利用されることが想定されているが、欧州の展示会ということで、欧州で想定されているサブ6GHz帯(Cバンド)の3.5GHz帯、ミリ波の28GHz帯の製品が主流だった。
実地での試験も各社が開始しており、例えば3.5GHz帯の場合、ファーウェイが屋外で2Gbpsという超高速通信を実現している。しかも実験した98%のエリアで1Gbpsを超えて通信ができていたという。5Gで使われる周波数帯は屋内への浸透が弱いとされているが、それでも最速で450Mbps、90%のエリアで100Mbpsを達成しており、屋内外での利用で問題がないことが示されていた。さらにこれが28GHz帯になると、屋外では20Gbpsという超高速通信が可能だったという。
5Gは、LTEとの併用によるNSA(Non Stand Alone)での利用が主流になると考えられている。中国で一部の事業者がSA(Stand Alone)も検討しているが、MWCでの話題の中心はNSAだ。NSAでは基地局をLTEと5Gで共有する。クアルコムの実験では、既存のLTE基地局に5Gアンテナを設置していくと、5GのカバーエリアはLTE比で65%になったといい、ファーウェイでも「LTEと5Gのカバーエリアは極端に変わらない」としている。これは、「5Gはエリアが狭くホットスポット的な使い方になる」という誤解を解く結果だ。一方、ファーウェイのテストでは28GHz帯をホットスポット的に活用することで最大20Gbpsという速度も可能にしている。通信事業者にとっては、エリアを確保しやすい3.5GHz帯と速度を確保しやすい28GHz帯をうまく併用して、いかに効率的にエリア構築を行うかが重要になってくるだろう。
こうした課題に対しては、ビームフォーミングなどの技術があり、基地局の場所や周囲の状況に応じてユーザーに最適な電波を配信するような仕組みがある。例えば、ファーウェイはMassive MIMO AAU(Active Antenna Unit)シリーズを出展。この製品群に搭載された3Dシェーピング技術は、いわゆるビームフォーミングの技術だが、特に都市部で有効とされ、設置されたエリアに応じて最適な設定をすることで、効率的なエリア構築が実現できる。例えば高層ビルに対しては縦方向に向けたビームを、エリアを広くするために水平方向にビームを、といった具合に、必要に応じてビームを切り替えることができる。
3Dシェーピングによって柔軟にエリアを構築できる
コンシューマー向け端末も5G対応へ
5G NRの要素技術としては、ビームフォーミング、Massive MIMO、仮想化といったものが重要になるが、すでに標準化の初版が確定したこともあって、インフラベンダー各社はいずれも手堅く製品化を進めている。インフラに特化したエリクソンやノキアに対して、CPE向けASICを展示したサムスンや、具体的なCPE製品自体を発表したファーウェイなどは、コンシューマー向け製品を持っている点が強みだろう。
ファーウェイはコンシューマー向けCPEを2018年に商用化し、5G対応スマートフォンを2019年には投入する予定だ。第1弾のCPEはすでに韓国とカナダでトライアルを実施し、2Gbpsのスループットを達成しており、それに続くスマートフォンでは5Gbpsを目指している。ファーウェイの5Gプロダクトライン部門のプレジデントである楊超斌(ヤン・チャオビン)氏は、「5Gはまさにもう始まっている。我々は準備ができている」と強調していた。 このほか、デバイスメーカー各社も2018年から2019年にかけて、順次5G対応端末をリリースしていく計画だ。各社の話を総合すると、2018年末から2019年初頭にかけて、一部の通信事業者から世界初の5G商用化がスタートすることが見込まれる。2019年2月に開催される次回のMWCでは、正式サービスを開始したうえでの展示もあるだろうし、新たなサービス開始の発表もありそうだ。
CPEからチップセット、モバイルルーターまで、5G対応製品を参考展示するファーウェイ
5Gで何ができるか用途の提案が次の課題
日本国内の通信事業者は当初のターゲットである2020年の予定は変えていないが、世界の5Gの波はすでに押し寄せており、今年後半には、実用化に向けた話題がさらに増えてくるだろう。
次の課題は、いかに5Gとしての用途を提案できるかどうかだ。5Gのピークスループットは数Gbps単位になるため、8K映像のような大容量コンテンツの伝送がモバイル環境でも実現できる。多数の端末に同時配信できる性能は、スタジアムの観客に映像やデータを同時配信するといった用途も提案されているが、既存技術でも対応可能なものも多い。
ファーウェイの楊氏の講演では、5Gの第1段階では動画配信やゲーム、VRといった用途を紹介しつつ、2020年以降の第2段階では、自動車、工業、運輸など、社会全般に用途が拡大すると指摘している。インダストリー4.0を推進する製造業でも、構内のネットワークに5Gを使うことで自由度が高まり、有線ネットワークが構築できない環境でもIT化できるとして有望視されている。
社会を変える可能性を秘めた5Gが今後どのような世界を実現するのか――その道筋がより具体的に見えてきたことで、期待度が高まるMWCだった。
小泉耕二
1973年生まれ。IoTNEWS代表。株式会社アールジーン代表取締役。IoTコンサルタント。大阪大学でニューロコンピューティングを学び、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)、Cap gemini Ernst & Young、テックファーム株式会社を経て現職。 著書に『2時間でわかる図解IoTビジネス入門』(あさ出版)、『顧客ともっとつながる』(日経BP)がある。
個別のソリューションからプラットフォームとしての展示へ
MWC 2018では、多くの企業が通信技術やデバイスの展示を行うなか、5GやAIと並んでIoTも引き続き重要なテーマの1つだった。IoTの展示として私が興味を持ったのは、「スマートシティ」への取り組みだ。とりわけ今回目立っていたのは「スマートシティのプラットフォーム化」だった。
通信関連企業の展示会であるMWCにおいて、スマートシティというテーマは、これまでは例えば、バルセロナのゴミ箱の蓄積状態の可視化によって無駄な巡回回収のコストを低減するソリューションや、ドバイの太陽光発電を活用したスマート街灯に通信基地局と監視カメラ機能を搭載して町の防犯も同時に行うといった防犯ソリューションなど、都市生活における局所的な解決策を提示するケースが多かった。
しかし昨年の展示では、バルセロナ市の提言によって、概念レベルでこれらのソリューションをすべてつなぎ合わせてスマートシティを実現する「シティOS」という考え方も出現していた。今年の展示ではこの考え方が一歩進み、「プラットフォーム」として展示されていたことが興味深い。
ファーウェイはNB-IoTを活用した郵便ポスト(左)や血液運搬用ボックスを展示
複数のレイヤーで構成されるスマートシティ
スマートシティのプラットフォームには、①通信のレイヤー、②データ処理のレイヤー、③アプリケーションのレイヤー、④分析のレイヤーという複数のレイヤーが存在する。大小さまざまなスマートシティの取り組みが進むなか、1つのレイヤーだけを提供する企業も、複数のレイヤーにまたがってサービスを提供する企業もあるという状況だ。例えば、ファーウェイのようなセルラー通信部分からアプリケーションまでカバーする企業もあれば、NECのような通信部分は持たない事業者もある。また、昨年発表されたサウジアラビアが紅海沿岸に既存の仕組みと切り離されたテクノロジー都市を構築する「NEOM」という都市計画は、すでに国内外から57兆円もの資金調達をする見込みだというが、これはすべてのレイヤーを1から構築する大規模なプロジェクトの好例だろう。
①の通信のレイヤーでは、セルラー回線を使ったNB-IoTや、LoRaWANなどのプライベートなネットワークを含め、さまざまなLPWA(Low Power Wide Area)が注目されている。これらの要素技術については昨年時点ですでに検討が進んでいたことから、今年のMWCではそれほど目新しい変化はなかったが、消費電力や送受信の頻度、設置エリアなど、用途の要件に応じてそれぞれの特長を生かした活用が進んでいるようだ。例えば、ファーウェイが展示していた過疎地域で郵便物の投函状況を可視化して回収を効率化するポストや、血液を運搬する際に温度をモニターするアイスボックスなど、セルラーネットワークのカバレッジや長距離・高速移動への対応を必要とする利用シーンでは、NB-IoTが強みを発揮する。また、なんといっても昨年末に5Gの仕様の一部が確定したことによって、多くの企業がサービス開始可能な状態であることを主張した展示を行っており、IoTはその中心的なアプリケーションとして紹介されていた。
これらの通信によって得たデータをもとに、②のデータ処理のレイヤーでは、一次処理を行う。街で検知されるデータは多岐にわたる。監視カメラが取得する動画や静止画のデータに加え、騒音、温湿度、大気質などの環境情報や、車や人の数や動き、状態といった情報もある。データ処理レイヤーではこうした生のデータをアプリケーションで扱いやすい状態にする処理を行い、アプリケーションレイヤーに伝える。
③のアプリケーションレイヤーでは、さまざまなユースケースに基づいて処理が行われる。例えば、顔認識した画像情報から犯罪履歴のある人を抽出したり、騒音を検知したら警察に通報したりといった用途が考えられる。アプリケーションのレイヤーにおいては、従来から人が街で快適に暮らすための多様なユースケースをアプリケーション化する取り組みが行われている。
④の分析のレイヤーでは、収集したデータを時系列化したり、他のデータと突き合わせて分析を行ったりする機能を提供する。例えば、単に街の気温のデータがあるだけでは、活用のイメージが湧かないかもしれない。だが、これを時系列で見たり、前年比、前日比で見れば意味が出てくる。さらにその気温データに街の混雑具合のデータをかけ合わせて分析すれば、「気温が高い日のほうが人の外出が多い」など、いろいろな知見が得られるだろう。
アプリケーションや分析のレイヤーに関して、昨年と違っていたのは、「AIの活用」というキーワードが目立ったことだ。例えば韓国のKTが展示していたセキュリティ監視システム『GiGA Eyes』にはAIによる画像認識技術が使われていた。また、ソニーがNTTドコモと開発している遠隔運転カートは、走行中に周囲の通行人の性別や年齢などをAIで分析し、車体を覆うディスプレイにその時々で最適な広告や情報を表示させるという。
KTのセキュリティ監視システム(左)やソニーの遠隔運転カートではAIが活躍
日本の断片化された取り組みと世界で進む「プラットフォーム化」
スマートシティの取り組みは、日本でも各地で実証実験が行われているが、実際の内容を見てみると局所最適で断片的なものが多い。山間部の鳥獣被害対策のためのソリューション、用水路の水位を検知して水害を防止するソリューション、積雪量を検知して住人の孤立を防ぐソリューションなどさまざまなものがあるが、地域ごとに異なる業者や自治体が個別に実施しており、それらをまとめてプラットフォーム化している事例はなかなか見当たらない。
一方、ファーウェイはすでに中国の100以上の地域で、スマートシティの実証実験を行っているという。同一事業者が複数の地域でさまざまな課題に取り組めば、ノウハウの蓄積につながる。各地で同じような取り組みをする日本の自治体は、もっと効率的なやり方を考えたほうがよいのではないだろうか。
また、スマートシティにおいては「誰がイニシアティブをとるのか」も重要になる。多くの海外の事例では、自治体がイニシアティブをとり、さまざまな利用シーンを考えたアプリケーションを作っている。だが、これらのアプリケーションがスマートシティのプラットフォーム上で横串を刺してまとめられていなければ、多くの問題が起きる。それぞれが別のアプリケーションとして作り込まれていたら、まずインフラレイヤーの投資が重複するようになる。1つの通信で多くのデータを送ることができるにもかかわらず、ユースケースごとに通信事業者と契約をしていては、少量のデータ通信のためにソリューションの数だけ契約が必要になってしまう。データベースにしても、街の地図情報といった基本的なマスター構造をすべてのサービスで個別に保持・メンテナンスしていかなければならなくなる。データの取得も、それぞれのアプリケーションで重複しているかもしれない。
IoTによって集められたデータがクラウド上で共有されるとしても、アプリケーションごとに垂直統合されていれば、デバイス・インフラ・クラウドの各レイヤーで必ず重複が起きてしまう。したがって、局所最適化されたソリューションをつなぎ合わせるのではなく、街の規模などに合わせてプラットフォーム化することが重要なのだ。そうしたスマートシティのプラットフォームができあがれば、各地域の特性に合わせて「こういうこともできたほうが良い」というソリューションを足していくことは比較的簡単になる。
今回のMWCでNECが展示していたスマートシティのプラットフォームは、EUの次世代インターネット官民連携プログラムが官民の垣根を超えたデータ活用のために開発したソフトウェア『FIWARE』を活用し、街の多様な機能を横串に刺すものとなっていた。街の状況が監視できるほか、住民情報や位置データなどを利用して、徘徊で行方不明となった住民の捜索もできるという。また、インテルもGEとともに『CityIQ』というスマート街灯を中心としたスマートシティプラットフォームの考え方を示していた。
前述のファーウェイが展示したNB-IoT郵便ポストは、冒頭で紹介したバルセロナのゴミ箱の事例で使われていた技術を過疎地ならではの課題解決に展開したものだ。日本でも過疎化の問題がクローズアップされており、これに対する住民サービスをどう充実させるかという点について自治体は苦労しているのだが、同じプラットフォーム上で検証し、そこに地域特有の特別なユースケースを足していくという考え方が今後必要になるだろう。
1. NECのスマートシティプラットフォームは、都市の情報を相互に共有することで横断的なサービスの提供を可能にするという
2. インテルとGEがスマート街灯『CityIQ』をハブに展開するスマートシティ 3. ファーウェイはNB-IoTを核としたスマートシティプラットフォームを展示。複数のサービスを効果的に統合するスマートシティソリューションが評価され、同社は主催者のGSMAから「Best Mobile Innovation for Smart Cities(スマートシティ向けモバイルイノベーション最優秀賞)」を受賞した
スマートシティの費用は誰が負担すべきか
スマートシティの取り組みにおけるもう1つの問題は、「誰が費用負担するのか」ということだ。
街の過疎化に対する取り組み、農林水産業を支援する取り組み、行政を効率化する取り組み、街のインフラとして安全と安心を提供する取り組みなど、さまざまな取り組みが実験されているが、どれを見ても、費用を負担すべき組織は「市区町村」と言われがちだ。
「結局は地域の住民サービスになるのだから当然」と思うかもしれないが、そもそも過疎化が進んでいて働き手がいない自治体が、すべてのコストを負担するための予算を確保することは難しい。スマートシティのプラットフォームにかかるコストを自治体以外が担ういい方策はないものだろうか。
エリクソンのブースでは、5Gの高速・大容量通信のユースケースの本命とも見られるコネクテッドカーの分野で、通信料金をステークホルダー間でうまく分担するビジネスモデルの展示を行っていた。
コネクテッドカーでの通信費をこれまでと同じ料金プランで提供した場合、車に乗るにも月額の通信費用が発生することになる。高速・大容量通信を利用するとなると、その額はかなりのものになる。しかも、もともと車の通信費用を支払う習慣がない利用者にしてみれば、この負担は家計を圧迫することとなるだろう。いくら便利なサービスができても、車の価格にあらかじめ通信利用料金を上乗せして、実際の利用時には利用者負担がないといった形でもとらないかぎり、現実的な普及は見込めない。
こういった課題があるなか、この展示では、利用者が街を車で移動しながら通信費を「稼ぐ」というビジネスモデルを提案していた。例えば、移動中にデジタルサイネージに表示された広告を見るとポイントがもらえ、それで通信費用を支払えるといったものだ。これまでもメーカーやサービス事業者はさまざまなポイントサービスを提供してきているが、こういったサービスとポイント交換を行い、通信費をまかなうという考え方はかなり現実的だといえるだろう。
1月にラスベガスで開催されたCESでも、類似の提案がなされていた。1つは、フォードのコネクテッドカーの取り組みだ。展示ブースは一面「街」をイメージしたものとなっていて、クアルコムとともにセルラー通信で車と車、車と人、車と街のインフラをつなげるC-V2X(Cellular Vehicle-to-X)が実現する新しい移動のあり方を提案していた。C-V2Xによって、例えばドライバーに問題が起きた時にはそれを車が自動検知し、しかるべき場所に車を移動、街と連動して緊急車両を呼ぶといったことが現実のものになろうとしているのだ。
さらに、話題になったトヨタのe-Paletteでは、自動運転カーそのものの管理を自動車会社が行い、法人企業に移動サービスを提供するというコンセプトになっている。サービス事業者が車の中でどういったサービスを提供するかは自由とされていて、例えば、移動式ピザ屋を営む場合、ピザ屋の売上から家賃のように車の利用料金をトヨタに支払うといった、新しいビジネスモデルも提案されている。
こうした新しいビジネスモデルを構築して費用を補うことで、道路交通情報や駐車スペースの空き情報を車に伝えて渋滞の緩和や省エネにつなげたり、緊急車両のスムーズな通行を実現したりといった、スマートシティの文脈の中で語られるコネクテッドカーのメリットを、すべての住民が享受できるようになるだろう。スマートシティの中核とも言える「移動」もまたプラットフォーム化されることで、我々の都市生活を大きく変えていくことになるのだ。
エリクソンはコネクテッドカーが移動しながら通信費を稼ぐという新たなビジネスモデルを提案
出揃ったプラットフォーム化の技術実現への課題は残る
スマートシティのプラットフォーム化という大きな流れがあることが見て取れた今回のMWCだが、そこで発生するイニシアティブとコストという課題については解決策がまだ十分にない状態で、「技術的にできること」を展示しているに過ぎなかったといえる。こうした技術のうち、前述のサウジアラビアの「NEOM」のような国家レベルのイニシアティブで多額の資金を投入したプロジェクトに採用されたものが、今後のスマートシティのプラットフォームとして大きな影響力を持つことになるのかもしれない。
河鐘基(は・じょんぎ)
1983年、北海道生まれ。株式会社ロボティア代表。テクノロジーメディア『ROBOTEER』を運営。著書に『ドローンの衝撃』『AI・ロボット開発、これが日本の勝利の法則』(扶桑社)など。自社でアジア地域を中心とした海外テック動向の調査やメディア運営、コンテンツ制作全般を請け負うかたわら、『Forbes JAPAN』 『週刊SPA!』など各種メディアにテクノロジーから社会・政治問題まで幅広く寄稿している。
5Gが可能にする「人と協働するロボット」
「実は通信系のイベントで展示を行うのは、弊社としても初めてのこと。ハードウェアやソフトウェア、もしくは通信という技術の枠を超えていくことが、新たなイノベーション、ビジネス創出の源泉だと感じ始めています」
MWC 2018の会場にブースを構えたデンソーの関係者の1人は、同社が携わる製造業の未来についてそう見通しを語った。通信技術の発展はやがて自社の既存製品の形までも変え、新たなビジネスチャンスを開いてくれる可能性があるというのだ。
同社が今回展示していたのは、産業用ロボット。「ロボテク製品」「ロボット部品」「サービスロボット」など、多岐にわたるロボット産業の中でも、現時点で市場需要・売上規模ともに最も大きい比重を占めているのが産業用ロボットだ。
産業用ロボットとは、主に自動車や家電など、大規模な製造業の工場ラインで稼働しているロボットを指す。「大型で頑丈」「安全性を確保するため人から隔離された作業スペースが必要」「通信・電源用のケーブルでつながれている」などの特徴がある。言い換えれば、とても力持ちではあるものの、柔らかい、もしくは小さいものを処理する作業が苦手で、ポータビリティに限界があり、かつ人間と一緒に作業するのが難しいという課題を抱えてきた。
そこで近年、世界各国の産業用ロボットメーカーが注力し始めているのが、「協働ロボット」の開発だ。協働ロボットには、従来の産業用ロボットよりもずっとコンパクトで安全、また持ち運びや設置が簡単というコンセプトがある。そして製造業だけではなく、三品産業(食品、医療品、化粧品)など幅広い領域をターゲットにしているという点で、従来の産業用ロボットとは区別される。もしくは、産業用ロボットの一部が発展したものが協働ロボットであるという認識でも差し支えないかもしれない。その世界市場規模は、日本や欧米など先進国を中心に年平均57%(2017~2023年)の高成長が見込まれている。
「5G環境の実現など通信技術の発展は、産業用ロボットや協働ロボットのワイヤレス化、すなわち小型化とポータビリティの向上、そして汎用化の原動力になるはず。メーカーにとっては、コストや技術の問題でロボットの導入が困難とされてきた中小企業向けにBtoBビジネスを拡大できるだけでなく、BtoCビジネスを模索できる道も拓けてきました」(前出のデンソー関係者)
1. デンソーは協働ロボット『COBOTTA』を展示。来場者のオーダーに合わせて3色ボールペンを作成するデモを行った
2. スタートアップの展示セクションでは、ポルトガルのロボティクス企業フォローインスピレーション(Follow Inspiration)のコーヒーサービスロボットが来場者にコーヒーを振る舞っていた
超低遅延で動きもスムーズに
MWC 2018で大々的に宣言されていた「5G時代」が到来すれば、ロボット製品が享受できる恩恵は、小型化や汎用化、ポータビリティの向上にとどまらないだろう。例えば、5G通信の特徴の1つである「超低遅延」は、人間とロボットをより緊密にシンクロさせ、協業の範囲を広げてくれる可能性を秘めている。
今回のMWCでは、その「超低遅延」に注目する企業が少なくなかった。NTTドコモが公開した、人間の動きにリアルタイムで連動する「書道ロボット」はその一例だ。同システムにはモーションキャプチャ技術が活用されており、人間の頭や腕、足、腰など全身17か所、両手24か所に取り付けられたセンサーから得られた動作情報が1秒間に60回にわたりロボットに送られ、人間と同じ動きがスムーズに再現される仕組みになっていた。
「団体や企業によって発表されている数字に差はありますが、5Gは以前の技術に比べて遅延を数分の一、数十分の一というレベルまで軽減できるとされています。この低遅延という性質は、遠隔医療や災害の現場で稼働するロボットを、より実用的に発展させる力を秘めています」(NTTドコモ関係者)
NTTドコモは、超低遅延という性質が、ロボットの操縦をより簡単にするとも説明している。というのも、従来のロボットにはトレーニングを積んだオペレーターがコントローラーを使って操縦しなければならないという前提条件があった。しかし、人間―ロボット間の情報の送受信にタイムラグがなくなれば、体を感覚的に動かすだけで操縦が可能になるというのだ。「人間とロボットの感覚の連携強化」だけでなく、「操作の簡易化」という点も、超低遅延の見逃せない恩恵となりそうだ。
このほか、通信事業者の中ではサウジテレコムもロボットと5G通信にフォーカスしていた。同社は5Gと4Gに接続されたロボットアームをそれぞれ用意し、双方の違いを確認できる展示を行った。
「通信速度や送受信データ量が増すのが5Gの利点ですが、ロボットの動きがより繊細かつ滑らかになるというのもポイントです」(サウジテレコム関係者)
3. NTTドコモの書道ロボット。書道のほかに操作者とシンクロするダンスも披露した
4. ドイツテレコムもロボティクス向けクラウドプラットフォームを開発中
高速移動中も途切れない通信でドローンや車の自律移動を実現
MWCの会場には、多くの参加者の視線をくぎ付けにしたロボティクス関連製品がもう1つあった。ファーウェイが次世代のモバイルアプリケーションの研究開発を進めるワイヤレスXラボのブースで展示していたドローンタクシー『Ehang184』だ。同製品は2016年のCESで初公開されたが、その後、実用化に向けて着実にテストを積み重ねていると報じられている。
今回のMWCではこうしたドローンやコネクテッドカーなど、自律移動型ロボティクス製品の展示も際立った。前述した超低遅延に加え、「超高速通信」「多数同時接続」、そして高速移動中でも通信が可能な「モビリティ」という特徴を持った5Gの可能性が、普及に拍車をかけ始めているのだ。ファーウェイ・ジャパン 技術戦略本部 キャリア技術戦略部 部長の郭宇氏の言葉は、「自律移動型ロボット」の未来を予見させるものとして非常に印象的だった。
「5G時代には、人と機械、また機械と機械による接続が爆発的に増えていくでしょう。ファーウェイでは、その新しい時代に想定されうるあらゆる通信環境のニーズに備えています。例えば、複数のドローンが連携して安全かつ効率的に飛行できるような通信プラットフォームも、2020年頃を目途に提供していきたい」
5. ファーウェイのワイヤレスXラボのブースに展示された『Ehang184』。同ラボは昨年「デジタルスカイ計画」を発表しており、低空域の通信カバレッジの向上によるドローン活用の推進を目指しているという 6. メルセデス・ベンツはステアリングもペダルもなく完全自動運転できるコンセプトカー『smart vision EQ fortwo』を展示
大容量通信で膨大なデータを処理AIを進化させる5G
通信技術の発展は、各種ロボットだけではなく、人工知能(以下、AI)の発展にも寄与しようとしている。なかでも「超大容量通信」という5Gの特徴と、AIの相性は特筆すべきだろう。
AI技術は、画像認識、行動予測、異常検知、ロボットの運動の習熟、自然言語処理など、さまざまな用途で利活用が期待されている。画像認識技術を例に挙げると、ウェブ検索における利便性の向上だけでなく、がん診断などの医療用途、不良品の検知などの産業用途、防犯・監視などのセキュリティ用途などが期待されている。さらに、行動予測やロボティクスの運動学習などを組み合わせることで、交通の混雑解消や物流の効率化といったスマートシティを実現するツールとしても活用できる。
こうしたAI、特に昨今話題のディープラーニングなどの技術の発展を支えるものの1つが、「データ」だ。ここには、ウェブ上の画像などの「デジタルデータ」、SNS上の「ソーシャルデータ」、街や施設、工場などに設置されたセンサーやIoT端末、またロボットから収集される「実世界データ」、自治体などが保有している「オープンデータ」、顔画像や指紋、虹彩などの「生体データ」が含まれる。
そのデータ量は非常に膨大であるため、効果的な処理や演算のためにはCPUやGPUなどのハードウェアと、送受信を行う通信環境の発展が非常に重要になってくる。画像認識や行動予測、また自然言語処理の分野のAIを自社開発する韓国のKT関係者は、次のように「5G×AI」の可能性を説明する。
「大容量のデータを遅延なく送れるという5G通信の特徴は、スマートシティやリアルタイム監視、コネクテッドカーなどを支えるAI技術を発展させる上で重要になるでしょう。5G通信には、データの損失が少ないという長所もあります。存在するデータを正確に収集するという側面においても、威力を発揮していくはずです」
なお、今回のMWCでは、NECなどAIを自社開発する企業と、グーグルなどIT企業のAIプラットフォームを利用する企業が鮮明に分かれていたという印象を受けた。スマホ端末上で稼働する、顔認証AIを披露していた企業が散見されたのという点も補足しておきたい。
「ファーウェイでは、通信状況を最適化するAIなどを展示しましたが、あくまでも全体の一部に過ぎません。開発中のものは数多くあります」(前出の郭氏)。
同様に、多くの企業が開発中のAIをすべて公開していない可能性も多分にある。いずれにせよ、AI発展の一翼は今後、通信産業に関わる企業群によって担われていくということは間違いなさそうだ。
人間と機械がつながり新しい社会が生まれる
今回のMWCは、5Gなど通信技術のイノベーションが、ロボティクス(個々の産業用ロボットやIoT端末、自律型モビリティ手段を含む)、データ、AI、そして人間同士のつながりをより円滑なものにし、社会の有機性を高めるハブになる可能性を存分に示した。人間で例えるならば、ロボティクス技術は「身体」に、AI技術は「知能」にそれぞれ相当する。通信技術は、その2つをつなぐ「神経」と言ったところだろう。社会が1つの生命体になるというと大げさかもしれないが、MWC 2018の先にある、人間と機械との有機的融合が生む「新しい価値と社会」の正体が明らかになる日が楽しみである。
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