つながった家電、つながった物流 ICTでスマート化する中国のEC
あらゆるモノをネットワークにつなげることで、私たちの生活を大きく変えるIoT。
その変化は未来の話ではなく、すでに起こり始めています。
IoTが人々の生活に密着した領域でどんな変革を生み出しているのか、世界各国から最新事情をレポートするこのコーナー。
今回は、スマート家電の販売に力を入れ、配送にもIoTを活用する中国の“つながった”ECについてご紹介します。
山谷剛史 (やまや たけし)
NNA所属。
中国を拠点とし、中国・アジアのIT事情を現地ならではの視点から取材・執筆。IT系メディアやトレンド系メディアなど連載多数。著書に『中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立』(星海社新書)、『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』(ソフトバンク新書)などがある。
身近なIoT「スマート家電」からクラウド・サービスへ誘導
IoTは中国語では「物がつながるインターネット」という意味で「物聯網」と呼ぶ。IoTの車版ことIoV(Internet of Vehicle)は「車聯網」で、こちらは「車がつながるインターネット」。中国人から見れば(日本人から見ても?)、IoTやIoVよりもわかりやすく表現されているといえよう。
中国人にとって最も身近なIoTというと、スマート家電がまず挙げられる。これは、京東(ジンドン、JD)、阿里巴巴(アリババ)、小米(シャオミ)の3社がスマート家電の普及に力を入れている影響が大きい。3社それぞれがスマート家電製品を通して自社の陣営にユーザーを取り込み、クラウド・サービスを利用してもらおうとしているのだ。3社はいずれもインターネットの普及を背景に成長したブランドでもあり、彼らが注力することで、インターネット・ユーザーのスマート家電利用が促進されつつある。
メーカーと協業する京東、阿里巴巴 自社開発に注力する小米
中でも力を入れているのはECの京東。同社は『京東微聯(ジンドン・ウェイリェン)』というアプリひとつで、対応する複数メーカーのスマート家電をすべてコントロールできるようにしている。一方、京東と真正面からぶつかる阿里巴巴は、アプリではなく同社クラウドを活用できるスマート家電の開発プラットフォームを提供する。
両社はいずれもクラウドの提供、開発のサポート、開発後の各ECサイトでの出品サポートにより、迅速なスマート家電のリリースを実現している。家電メーカー側からすれば、製品の開発・販売のハードルが下がったことで、既存製品を容易にスマート家電化し、製品ラインナップを増やすことができる。京東や、阿里巴巴のECサイト『天猫(ティエンマオ、Tモール)』では、それぞれが自社スマート家電プラットフォームに対応した白物家電(炊飯器、電子レンジ、洗濯機など)や住設(照明器具、コンセント、蛇口など)や血圧計などの医療機器を販売しており、ベンチャー企業からパナソニックやハイアールといった大手企業まで、規模を問わずメーカーがスマート家電をパイロット的にリリースしている。
小米のスマート家電へのアプローチはこれとは異なる。小米といえばスマートフォンだが、この1年はシェアを落としOPPO(オッポ)やVIVO(ヴィーヴォ)といった新興メーカーの後塵を拝している。そのような逆境の中で、小米は同社製スマートフォンとアプリを柱としたスマート家電を自社で開発し販売している。小米は家電業界の無印良品を目指す、としばしば宣言しており(無印良品は中国で成功している数少ない日本ブランドのひとつだ)、白が基調のシンプルなデザインのスマート家電を続々と発表している。炊飯器やロボット掃除機やコンセントなどを手がけているものの、1社だけではやはりラインナップに限りがある。
小米のスマート炊飯器。スマートフォンから炊飯予約ができるほか、米の産地や種類、ユーザーの好みにあわせて2,000種類以上の炊き方から自動で選択してくれる
阿里巴巴のECを支える菜鳥網絡のスマート物流
このように一般消費者が利用するIoTとしては、スマート家電が最も身近な存在ではある。一方、阿里巴巴はECサイトを支える縁の下の力持ちとして物流にもIoTを大いに活用している。一般消費者の気づかぬ形としてIoTを利用しているのだ。
阿里巴巴グループには、『中国智能物流骨干網(中国スマート物流基幹ネットワーク、略称:CSN)』というプロジェクト名でスタートした菜鳥網絡(ツァイニャオ・ワンルオ)という物流会社がある。同社は物流会社ではあるが、倉庫もトラックも持たない。あるのはスマートな配送システムだ。
EC市場が膨らみ続ける中で、特に11月11日(双十一、シングルデー:オンライン・ショッピングの日)などの商戦期に問題になっていたのが物流だった。申通(シェントン)、圓通(ユェントン)、中通(ジョントン)、韻達(ユンダー)といった定番の宅配会社でもさばききれず、各宅配会社で処理しきれない宅配物が山積みとなっている光景が、この時期になるとよく報道されていた。こうした問題に対し、菜鳥網絡は規模の大小を問わず宅配会社や倉庫と提携。IoTとビッグデータとクラウドを活用し、各提携会社の全拠点の状況を把握して偏った配送集中を自動で是正し、すばやく配送できる宅配自動割り振りシステムを実現した。
その詳細については具体的に公開されていないが、さまざまな情報を統合し類推すると、①倉庫会社の稼働率や宅配会社の配送車/配送スタッフの場所や状況をシステムに随時アップ。②ビッグデータ分析により、配送依頼された荷物を配送拠点となる倉庫まで最も早く届けられる配送スタッフを、宅配会社の違いという垣根を越えて特定、依頼。③倉庫から次の拠点までの運送ができる、至近かつ手が空いている配送スタッフを特定して依頼、ここでも宅配会社は問わない。
このシステムにより特定の宅配会社への依頼の偏りをなくし、最速の配達を実現できる。阿里巴巴の天猫で買い物をすると、どこの配送会社を利用するかを考える必要はなく、最適な配送会社から配送が行われるわけだ。
また、越境ECのニーズが高まりを見せる中、菜鳥網絡は海外配送用の倉庫もカバーし、世界各国の配送業者と連携、海外にもネットワークを構築する。日本では日本通運と提携し、日本通運は天猫の越境ECサイト『天猫国際』で購入された日本の商品の日本における保管と輸送業務を取り扱う。これにより低コスト化を実現するとともに、小包が中国に到着する前からトラッキングできるようになった。
2016年の双十一では、菜鳥網絡は11月15日までに全体の注文の9割にあたる6億5,700万個の小包を配送し、前年よりも宅配量が増加したにもかかわらず、購入者の手元には平均で15時間早く商品が届いたと発表した。菜鳥網絡のビジネスはいままでにない取り組みであり、まだ事業としては赤字だが、ECを支える必要不可欠な社会インフラとして、今後さらなる強化が見込まれている。
ロボットやドローン、自動運転で効率化を図る京東
こうした阿里巴巴の動きに対し、ライバルの京東は無人倉庫や配送ロボット、配送用ドローンの開発に力を入れ、国内の各地へのより迅速な配送を実現しようとしている。
2016年10月に京東は、自動運搬車やロボットアームを活用した無人倉庫『京東智慧倉庫』を公開した。これにより長時間にわたる連続作業ができるようになったほか、人の手に比べて作業速度が6倍向上し、保管の効率化も飛躍的に向上した。敷地面積3万㎡のこの無人倉庫を、2017年末~2018年には完成させるという。
また、2016年6月には江蘇省の農村でドローンによるテスト配送を行い、これまでに4つの省で飛行許可を受けている。ドローンが持ち運べる製品の可載重量は最大30kg、飛行距離は30km程度。双十一にもドローンでの配送をテスト的に実施したが、通常の配送業務への導入はこれからだ。京東はロボットやドローンのほか自動運転車による配送も視野に入れるという発言をしており、今後の展開が期待される。
主にソフトで改善する阿里巴巴と、ハードで改善する京東。アピールする方向こそ違えど、IoTを活用することで中国の配送は進化を続け、衰えることなく拡大するECを支えていくだろう。
京東は無人倉庫(左)やドローン(右)などハード面から配送をスマート化