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AIは人間の仕事を奪うのか? 共存がもたらす豊かな未来に向けて

2017.12.05

ファーウェイ メディア・ラボ バイス・プレジデント兼グローバル・ヘッド
ジェームス・べゴール(James Begole)

変化のスピードと影響力

新たなテクノロジーは数世紀にわたって人間の仕事を奪ってきた。しかし歴史的に見れば、時間の経過とともにオートメーションは苦難よりもむしろ繁栄をもたらしている。例えば、19世紀初頭には米国の労働人口の約50%が農業に従事していたが、今日ではわずか2%にすぎない。農業の雇用がこれほど大幅に失われても、米国の経済や労働者はそれなりに適応してきた。

その一因は、オートメーションの影響が徐々に表れることにある。蒸気機関は最終的には産業革命の原動力となったが、人々が実際に蒸気機関を利用して変革を起こすまでにはかなりの時間を要した。より身近な電話機でさえ、米国の一般家庭に普及するのに50年以上かかった。

確かに、ここ最近の変化はもっと急速だ。自動走行車はまるで一晩で登場したかのように感じられる。同時に、経済に与える影響も非常に大きい。例えば自動走行による貨物輸送が普及すれば、数百万人ものトラック・ドライバーが不要となるだろう。一方、完全自動走行による輸送はほぼ1日中稼働できるので、米国の交通輸送網の生産性は2倍になり、輸送コストも75%削減できる。これは最終的には消費者にとって利点をもたらす。また、一定の速度で走行可能なため、燃費は半分になり、二酸化炭素排出量も低減できる。さらには、人間がトラックを運転するより事故も減る。生産性、効率性、環境への配慮、救われる命の数を考えれば、こうした利点を放棄する気になるだろうか?

新たに生み出される仕事

これは難しい問題である。なぜなら、仕事を失う人の心理的な影響を無視できないからだ。一方で、マニュアル化できない仕事はロボットに取って代わられる可能性がずっと少ない。米国では、マネージャー、技術者、弁護士・会計士などの専門職を含むホワイト・カラーの仕事は年間で約200万人近く増え続けている。

そして、テクノロジーによって奪われる職業があると同時に、予期せぬ形で新たな仕事が生まれるのもまた世の常だ。『TheJournal of Economic Perspectives』で発表されたある研究では、ATMの普及期にあたる1980~2010年において、米国の銀行員数と銀行の支店数は予想に反して増加している。これは、情報技術の進化により多くの新しい金融商品が生まれたことで、営業担当、管理担当、お客様担当のスタッフや、そしてもちろん技術サポートといった新たな職種が必要になったからだ。こうした新たな仕事の登場は、消失した職業を補って余りある。

さらにいえば、失われる可能性のある仕事の中には危険をともなうものや皆がやりたがらないものも数多く含まれている。例えば、災害後の瓦礫撤去作業や爆弾処理をロボットが担うようになれば、けがや死亡事故の心配はなくなる。また、溶接などの多くの工場では、騒音や熱、さらには肺がんや腎臓障害の原因となる毒性のガスが問題となっている。こうした仕事が自動化されれば、従業員の健康が改善できる。

自動化の波は、医師、看護士、教師、在宅医療従事者などの社会にとって不可欠な職種にまで及ぶ可能性がある。医療や介護サービスを必要とする人の多くは人間によってケアされることを望むだろうが、貧しい地域や過疎地、さらには十分なサービスが行き届かない地域においては、ロボット看護師が役立つ場合もあるかもしれない。

人間とマシンの協働

事が自動化されることと職業自体がなくなることはイコールではない。テクノロジーによる自動化はすでに行われており、マッキンゼーの予測では、これまでに実証済みのテクノロジーで、現在人間が給与をもらって行っている仕事の45%が自動化できるという。しかし、同レポートが示すように、多くの場合、オートメーションは人間を補完するだけで、人間に取って代わるものではないだろう。

人間とマシンが協働して複雑な問題を解決する一例がアドバンスト・チェスだ。これは、1997年にチェスの名人であるガル リ・カ ス パ ロ フ(Garry Kasparov)氏 がIBMのコンピューターBig Blueに打ち負かされた後に提唱した新しいゲームの方式だ。アドバンスト・チェスでは、人間のチェス・プレーヤーはコンピューターが提示する一連の駒の動きの中から自分で取捨選択する。この方式では、人間単独あるいはマシン単独でプレイするよりも高度なチェスが展開できる。

もちろん、チェスは仕事ではない。しかし、アドバンスト・チェスは、困難な問題に対して人間とマシンが協働することで、人間単独またはマシン単独の場合に比べ、より優れた結果をもたらすことを示している。将来的には、こうした人間とマシンの協働による分析が、複雑な問題を解決して生産性を高める新たな形の「拡張イノベーション」につながる可能性がある

求められる人材とスキル

オートメーションはすでに、人間の労働を補完する機能を果たしている。米国、ドイツ、韓国では、ロボットの活用と人間の雇用が同時に増加している。また、オートメーションやマシンのインテリジェンスによる生産性の向上は、労働者に直接的なメリットももたらしうる。米国のある企業では、製造の反復作業にロボットを導入して生産性が20%向上した結果、より多くの従業員を雇用できるようになった。

さらに、ロボットには製作からプログラミング、保守、修理、監視までが必要になるため、新たな種類の技術職と管理職が生まれる。世界経済フォーラムは今後専門性の高い営業担当者のニーズが急速に高まると予測しているが、これはテクノロジーがあらゆる産業に深く浸透するため、異業種に自社のプラットフォームの利点を説明できる営業担当者が必要になるからだ。また、こうした新たな職種のそれぞれについて優れた人材を見極めて採用できる、特定のテクノロジーを熟知した採用担当者も必要になるだろう。

新しい職業が生まれれば、そのために必要な新たなスキルが生まれる。採用される人材になりたければ、現在の労働者の大部分は新たなスキルに適応していく必要に迫られる。AT&Tは自社の従業員のうち28万人が新たなスキル習得のための再トレーニングを受ける必要があると予測している。CEOのランドール・L・スティーブンソン(Randall L. Stephen-son)氏は従業員に対して1週間に5~10時間をeラーニングにあてることを推奨しており、AT&Tは短期講座や学位取得にかかる授業料を1人あたり年間最大8,000ド ル( 約82万4,000円※)まで負担する。技術的なスキルに磨きをかけたいマネージャーには、データ分析、コーディング入門、スマートフォンのアプリ開発などのコースが人気だ。AT&Tはメールや動画でこうしたコースを積極的に宣伝しているほか、eラーニング・サイトのUdacity(ユーダシティ)とジョージア工科大学が実施するコンピューター・サイエンスのオンライン修士課程プログラムに資金提供までしている。

人間の得意分野を伸ばす

民間企業だけでなく、学校も若者の教育において職業訓練の要素をより強めていく必要がある。ヒラリー・クリントンのイノベーション政策のアドバイザーを務めていたアレック・ロス(Alec Ross)氏 は 、著書『未来化する社会(The Industry ofthe Future)』で、米国は過去半世紀にわたりコミュニティ・カレッジで行われてきた職業訓練プログラムを刷新し、大工や溶接などのコースを廃止してサイバー・セキュリティやITシステム管理のコースを創設する必要があると主張する。

ロボットは人間の手作業や反復作業を担う存在から、知的な労働や非定型業務を担う存在へと進化している。この変化の中で、人々はマシンと差別化できる思考法を身に着けなければならない。未来研究 所(Institute for the Future)が『未来の職業スキル2020(Future Work Skills 2020)』と題したレポートで示唆するように、われわれは「人間だけが得意なことは何か?」「人間の比較優位性は何か?」「マシンと共生する際のスタンスは?」といった根本的な問いを自らに投げかけなければならないのだ。

こうした問いへの答えは、科学的研究によって明らかになっているさまざまな種類の知能にあるのかもれない。例えば、分析的知能とは、論理、数学、アルゴリズムなどマシンが優位な領域を指す。一方、創造的知能とは、既存の知識を活用して新たな状況に対処できる能力を指し、文脈的知能とは、物事の間の関係性を把握する能力である。学校は、機械的暗記(コンピューターや検索エンジンがきわめて得意な分野)に比重を置いたカリキュラムから、創造的知能や文脈的知能を伸ばすためのコースへと移行すべきだろう。

互いに補完しあう存在となるために

製造工程全体がインターネットにつながる「インダストリー4.0」は、スマート・システムが人間の管理下で運用されるという、オートメーションの次の段階を象徴するものだ。しかし、IoTと同様、突然の技術革新が起こる可能性は低く、こうした新たなプラットフォームは徐々に実現されていくだろう。われわれには準備する時間がまだ残されている。

確かに、作業がなくなれば、仕事を失うことになる。しかし、人間の能力を拡張・向上していくことで、オートメーションは多くの人々の価値を、ロボットの支援がなければ望むべくもないほどはるかに高めてくれるだろう。人間とマシンの知能を組み合わせれば、生産性や生活水準が向上し、経済が成長し、新たな産業やビジネス・モデルが生まれる。こうした変化すべてが、人々の生活の質を向上する。消費者や企業が得られるメリットは計り知れないものとなる。

変化を恐れるのは無理もないが、テクノロジーを後戻りさせるべき理由はない。人々は創造力 、共感力 、推理力 、断片的なアイデアを結びつける能力など、いまのところ人間に固有であるこれらのスキルや特性を育成していかなければならない。 グーグルのチーフ・エコノミストを務める経済学者ハル・ヴァリアン(Hal Varian氏は、求職者に対して「より安く、より多くなっていくものを補完する、必要不可欠な存在になるべきだ」と助言する。オートメーションはまさに、より安く、より多くなっていくものである。そして、人間の創造力、理性、共感力は、効率性に優れた、疲れを知らないロボットの同僚にはないものを補完する、必要不可欠な要素になるはずだ。

初出:ハフィントン・ポスト英国版
※1米ドル=103円換算

ファーウェイ メディア・ラボ
バイス・プレジデント兼グローバル・ヘッド
ジェームス・べゴール(James Begole)

ヴァージニア工科大学でコンピューター・サイエンスの博士号を取得。2004年から8年間にわたり、ゼロックスのパロアルト研究所でプリンシパル・サイエンティストとしてユビキタス・コンピューティング研究グループのリーダーを務め、レスポンシブ・メディア、デバイス間の相互運用性、センサー・ネットワーク向けミドルウェア、アクティビティ検出、コラボレーション技術などの分野で革新的なソリューションを開発。サムスンの米国ユーザー・エクスペリエンス・センターイノベーション・ラボ シニア・ディレクターを経て、2014年から現職。中国、米国、欧州に拠点を置き、次世代のデジタル・メディア体験の創造を目指すファーウェイ メディア・ラボにおいて、テレプレゼンス、イマーシブ・メディア、ロボット・ビジョン、自動走行車などへの応用に向けた技術の研究開発を統括している