モバイル端末市場 これまでの10 年とこれからの進化
アジアを中心に世界のモバイル事情をウォッチしている携帯電話研究家・ライターの山根康宏氏に、モバイルとICTを取り巻く日本と世界の現状と動向、そしてさらにその先について解説していただくこのコーナー。10周年記念号の今号は、モバイル端末市場の激動の10年間を振り返り、この先の進化の方向性を探ります。
日本が世界をリードした10年前の携帯電話市場
いまから10年前の2005年はどんな時代だったのだろうか。日本では携帯電話インターネット・サービスが全盛だったことは記憶に新しいところだろう。この年はNTTドコモのFOMA契約が2,000万を突破、翌年にはおサイフケータイ利用者が1,000万人に迫るなど、このころの日本の携帯電話サービスは世界でも最先端を走っていた。折り畳みスタイルに大画面、高画質カメラを搭載した日本メーカーの端末も日本国内で独自に進化していった。NTTドコモがこの勢いに乗り『iモード』の海外展開を本格化したのもこのころだ。
2000年代半ば以降、ドコモはiモードの国際展開を本格化(香港トラムの広告)
一方グローバル市場に目を向けると、SymbianOSを搭載したスマートフォンが勢力を増し、携帯端末でブラウジングを楽しんだり仕事をしたりする環境が整った時代だった。同OS端末のほとんどのシェアを握るノキアは、型番4ケタの従来製品に加え、ビジネス向けの『E』シリーズ、スタイルと機能を備えた『N』シリーズとスマートフォンを3つのラインナップに分割、同社だけで毎月新製品を出すなど向かうところ敵なしという状況だった。とはいえ、一部の製品は日本でも販売されたものの、iモードの牙城を崩すには至らなかった。
2005年の端末シェアの顔ぶれをガートナー(Gartner)の調査に見ると、トップはシェア33%を握るノキア、2位がモトローラ、3位がサムスン、4位がLG、5位がソニー・エリクソン、6位がシーメンス(同年中にベンキューモバイルが買収)となっており、その顔触れはいまとはまったく異なっている。なお、この中でいまもそのまま残っているのは韓国勢のみ。携帯電話全体の出荷台数も8億台を超えたところで、世界の市場規模は現在の半分以下だった。
スマートフォンという言葉が市民権を得たこのころは、3Gサービスの普及とともに携帯端末からのインターネット利用も急激に進んだ。ビジネスの場を超えてメール・サービスの利用も増え、ブラックベリーが着々とシェアを伸ばした。マイクロソフトが推進する『Windows Mobile』も台数を伸ばし、HTCも大きな存在感を表していった。
10年前はスマートフォンOSもSymbianやWindows Mobileが全盛(i-mateが2005年に発売したWindows Mobile端末『JASJAR』)
iPhoneとAndroidの登場 業界に激震が走る
ノキアを中心に動いていた携帯電話業界。ところが、2007年に登場したアップルの『iPhone』が激震を起こした。当初は通信事業者と収益を分配するレベニュー・シェアのビジネスモデルを取ったことや、初代モデルは2Gにしか対応していなかったことで、iPhoneを熱狂的に受け入れた消費者の動きを静観する向きもあった。しかし翌年には3G対応モデルが登場、アプリケーション・ストアを本格開始したことで、一気に人気商品となる。手軽にアプリを購入できるエコシステムは他OSのスマートフォンにはなく、スタイリッシュで大きい画面を搭載したiPhoneでアプリを使うことが最先端の流行となったのだ。
アプリ開発者もiPhoneビジネスにこぞって参加し、魅力的なアプリやサービスが次々に生まれていった。また通信事業者はiPhoneを取り扱うことが最優先となり、アップルと交渉する事業者が相次いだ。端末代金を大幅に割り引く代わりに2年間の固定契約を結ばせる契約モデルも、iPhoneの販売とともに各国に広がっていった。しかも通信事業者はiPhoneのデータ・トラフィックに対応すべくネットワークの増強にも追われた。高速な3Gネットワークのカバレッジが急激に広がったのはiPhoneの効果が大きい。そして、それまでシェア下位にいた通信事業者がiPhoneの販売を開始したことで上位に躍り出るなど、iPhoneの登場はそれまでの業界のあらゆる勢力図を塗り替えていった。
2008年にはグーグルからHTC製のAndoridスマートフォンが登場。2009年にはモトローラの『Droid』シリーズ、サムスンの『Galaxy』シリーズが登場してiPhoneの大きな対抗勢力になり始める。2010年のスマートフォンのOS別シェアを再びガートナーの数字から見てみよう。1位は38%のSymbianだが2008年の52%から減少している。この間ノキアはタッチパネル搭載スマートフォンの開発を急いだものの、アプリやサービスを含めたエコシステムの構築に失敗。iPhoneやAndroidに興味を持った消費者の目を奪い返すことはできなかったのだ。そして2位はAndroidで23%、4位のiPhoneのiOSの16%を加えると37%となり、両OSは登場から1年少しでSymbianに並ぶ一大勢力になった。
なお3位はBlackBerry OSだが、翌年以降に失速。ノキアと同様にフルタッチ端末を投入したものの、消費者がスマートフォンに求めたものはスマートフォン本体だけではなく、その上で利用できるアプリとサービスだったのだ。同OSの売りは専用サーバーを使うセキュリティーの高いメールサービスだった。しかしそれがデータ通信サービスを自由に利用する足かせになってしまい、時代の波から取り残されてしまった。
iPhoneはあっという間に人気商品に。発売日は多くの客が店に押し寄せる(2011年9月の『iPhone 4s』発売初日、香港のアップルストアにて)
闇に消えて行った山寨機
iPhoneとAndroidが新世代のスマートフォン利用者を増やしていく中で、ひとつの市場がひっそりと終焉を迎えた。それがグレイ・マーケットの携帯電話、いわゆる山寨機(大手メーカー製品の模造品)だ。中国が2007年に携帯電話の生産のライセンス制を取りやめたことと、台湾のメディアテックが携帯電話向けシステム・オン・チップ(SoC)を開発したことで、雨後の筍のごとく山寨機メーカーが乱立。そのほとんどが中国の中小メーカーだった。IMEI番号を正しく取得していないものや大手メーカーの人気製品を模したデザインの端末などが次々と生産され、新興国や途上国で販売数を伸ばしていった。iSuppliの調査では2011年の山寨機出荷台数は2億5,500万台。これは同年の全携帯電話出荷台数の約15%にも及ぶ。
だが、スマートフォンの普及が先進国から新興国へ広がり、低価格なスマートフォンが増えるにつれ、山寨機は市場から一気に存在感をなくしていく。一部のメーカーはいまでも細々とスマートフォンの製造を続けているが、大手メーカーの低価格品よりも割高で品質は悪く、しかもデザインに特徴もない。今後消えゆく運命であることは間違いないが、途上国の携帯電話利用者を増やした影の立役者であったことはまぎれもない事実だ。表の世界ではあまり語られない山寨機が果たした役割は大きいのである。
スマートフォン全盛時代 アプリからサービスへ
2012年にはサムスンがノキアを抜き初めて世界シェアトップに立った。またこの年にはスマートフォンの全出荷台数がフィーチャーフォンを初めて上まわった。1位の座の交代は携帯電話市場のトレンドの移り変わりを如実に表したものだった。この年、AndoidとiOSのスマートフォンOSシェアは合計9割に達している。
両スマートフォンの利用者がここまで伸びた理由は、台頭するOTT・SNSの躍進だ。スマートフォンは当初ゲームなどのアプリの利用が多かったが、やがてアプリを使ったインターネット・サービスが従来の音声通話やSMSに代わるコミュニケーション・ツールとして広がっていった。また当初はiPhoneだけで使えたサービスも、プラットフォームを超えて利用できるようになっていく。
2012~2013年にかけてはSNSの大きな話題も続き、その勢いが連日ニュースで大きく取り上げられた。FacebookとTwitterは株式を上場、InstagramはAndroid向けアプリの提供を開始、Lineが首相官邸の公式アカウントを追加、WhatsAppはボイスメッセージ機能を搭載、中国の新浪微博(シナウェイボー)は5億アカウントを突破、微信(ウェイシン、WeChat)も6億アカウントを超えた。そしてOTT・SNSの勢いを象徴したのが、世界最大の加入者数を誇るチャイナ・モバイル(中国移動)の2013年度決算結果だ。同決算によるとチャイナ・モバイルの純利益は14年ぶりに前期比で減少を記録。データ通信収入は増えたものの、音声通話とSMSの利用が減ったのだ。従来型の携帯電話サービスからOTT・SNSへと利用者の利用実態が移行している事実が決算結果にされたと言える。
OTTの影響を受け2013年のチャイナ・モバイルの決算は初の減益に
2社の圧倒的リードから新興勢力の時代へ
端末市場に目を戻すと、サムスンは年間100モデルにも及ぶ新製品を毎年投入し、世界各国にハイエンド製品からエントリー端末まであらゆるモデルを投入していった。それに対してアップルもiPhoneのモデル数やカラーバリエーションを増やすなどして着々とシェアを高めていく。スマートフォンの話題と言えばこの2社の話ばかり、という時期もあったほどだ。これに対して、かつての覇者であったノキアは2014年に携帯電話部門をマイクロソフトに売却し、インフラ・ベンダーへ特化する道を選んだ。これに先立ち2011年にはエリクソンがソニー・エリクソンをソニーに売却、またモトローラの端末部門も同年グーグルに買収された。
この旧勢力に代わって存在感を表し始めたのが新興勢力だ。中でも中国勢の勢いはこの1~2年で無視できないほどの存在になっている。当初は低コストを武器にODM(Original Design Manufacturing:大手メーカーからの受注により発注元のブランドで販売される製品の設計・製造を行う)製品でシェアを伸ばしていったが、いまでは自社ブランドのハイエンド製品でサムスンやアップルと互角に戦える製品を次々に送り出している。ガートナーの調査によると2014年の携帯電話シェア10位中、中国メーカーはレノボ、ファーウェイ、TCL、シャオミ、ZTEと5社がランク入りしている。このうちレノボはグーグルからモトローラを買収した。
また10位内に入らない“その他”のメーカーのシェアも、スマートフォンに限ってみると2014年には約4割に達している。この割合は年々増えており、その多くが各国に広がる地場メーカーの製品と見られている。東南アジアやインド、南アメリカなどの国々へ行くと、古くはノキアの製品ばかり、最近はサムスンだらけという状況だった。しかしいまでは先進国では名前も知られていないようなローカル・メーカーのスマートフォンが、通信事業者の店舗や街中の携帯電話販売屋台の上で売られている。価格も安く、フィーチャーフォンから無理なく乗り換えられる。華のあるハイエンド製品を見せながら低価格モデルでシェアを伸ばしてきたサムスンの販売数の勢いが止まったのは、そんなその他メーカーの製品が急激に増えたからだ。
新興国では市場開放がもたらした興味深い例もある。外資の参入が閉ざされていたミャンマーは2014年に外資に門戸を開いた。いまや屋台でSIMカードが買える状況になっているが、ミャンマーの消費者は高価な端末を買うことができない。そこへ普及価格帯のスマートフォンを大量に投入したファーウェイがシェアトップの座を獲得した。他のアジア各国では多く見かけるサムスンやiPhoneもミャンマーではほとんど見かけないのだ。
2010年以降は中国を中心とした新興勢の存在感が頭角を現す
SNSが急速に進む トレンドは大画面化
スマートフォンとSNSが普及したいま、コミュニケーションの手法は1対1から対複数へ、テキストからリッチ・コンテンツへ、写真から動画へと大きく変わった。その結果、消費者はより大きい画面の端末を好むようになっている。1サイズでモデル展開していたiPhoneも2014年には5.5インチの大画面モデルを投入、新興メーカーも画面の高解像度化より先にまずは大画面化を進める動きが見られる。サムスンが2011年に発売した『Galaxy Note』は毎年シリーズ化され、同社のフラッグシップ・モデルの一翼を担うほどの存在だ。2014年にはファーウェイが6インチながら横幅をスリムに抑えた『Ascend Mate7』を投入するなど、大画面モデルが次々に登場している。大画面であればSNSのタイムラインも見やすいし、送られてきた写真や動画も拡大表示しなくともそのまま見ることができる。
また、スマートフォンの大画面化は新しいブームも生んでいる。それが自分撮りのセルフィーだ。SNSのタイムラインに並ぶ写真は数年前であれば風景や食事、あるいは集合写真などが多かった。しかし、画面が大きくなれば自分の顔写真を撮って細かい表情を相手に伝えることができる。お気に入りのファッションや普段と違うメイクの時の自分の姿を友人同士で見せ合うという楽しみも生まれた。
このセルフィーがブームになると、リアカメラの高画質化が進み、さらには自分の顔を若返らせたり加工できる美顔エフェクトモードをカメラ内に搭載する製品が増える。さらには自分撮影用のセルフィー棒といった製品が生まれるなど、大画面化はスマートフォンの新しい使い方や機能を生み出しているのだ。
ようやく脚光を浴びるウェアラブル・デバイス
さて、スマートフォンの大画面化に伴いウェアラブル・デバイスの新製品もここにきて相次いでいる。2015年にアップルから『AppleWatch』が登場し一般消費者の間にも認知度が高まった。グーグルはすでにAndroid Wear製品を各メーカーから出しており、ここでも両者による競争が起きようとしている。通話の着信やSNSの通知など、大きいスマートフォンをポケットから取り出して見るよりも手元でさっと確認できるほうが便利だろう。だが、スマートウォッチは機能が高い製品ほどほぼ毎日の充電がいるなど、コンシューマー向け製品としてはまだまだ改善すべき点が多い。簡単な通知機能のみに絞り、デザインにこだわったファッショナブルな独自OS搭載のスマートウォッチのほうが普及は早いかもしれない。ファーウェイの『Huawei Watch』は競合ひしめくAndroidWearの中でデザインと質感を強化したモデルで、機能以外の面も消費者に強くアピールしている。
また腕輪型や足に装着して活動量を計測するウェアラブル・デバイスは、各種センサーの小型化や省電力化が進み、これからさまざまなものに組み込まれていくだろう。スポーツ愛好者向けにジョギング・シューズやTシャツに活動量計や心拍計を組み込んだ製品もこれから増えそうだ。スマートフォンとの常時接続で測定した健康データをクラウドへすぐにアップロードし、リアルタイムで身体の状態をスマートフォンに表示する、そんなサービスも現実のものになろうとしている。
スマートウォッチは機能だけではなくデザインも重要に(Huawei Watch)
5Gの到来が生活を変える スマートフォンは日用品に
ネットワークが4Gから5Gへと移行するに従い、今後あらゆるものが相互につながるようになっていくだろう。自宅の家電製品から街中の自動販売機やデジタル・サイネージ、野球場やコンサート会場の電光掲示板、そして自動車などがワイヤレスで接続される時代が確実にやってくる。そしてそれらと人間をつなぐ窓口になるのがスマートフォンだ。2020年の東京オリンピック開催のころには、スマートフォンに語りかけるだけで明日の天気が確認でき、天気が悪ければ自動的に一番安いタクシーが予約される、といったインテリジェンスなサービスを誰もが受けられるようになっているだろう。子どもやパートナーの誕生日が近づくと腕時計の画面にお勧めのプレゼントリストが表示される、なんてことも当たり前になっているはずだ。
そのころのスマートフォンはいまのような機能による差別化だけではなく、日用品としてさまざまな種類のものが販売されていることだろう。コンビニでは数千円のベーシックな製品が売られるようになり、一方ではカスタムメイドでCPUを高速化したマニア向けの製品や、貴金属を使った高級モデル、また年配者をターゲットにした革張りや漆塗りといった工芸品なども生まれているかもしれない。さらには使いやすい操作を提供するため背面にタッチパッドを搭載したモデルや、『HuaweiMate S』のような感圧式タッチパネル搭載モデルもこれから増えるだろう。
スマートフォンがインターネットにつながっていることがあたりまえとなり、1台の端末で複数の通信事業者の回線を混雑状況や料金に応じて自動的に切り替えて利用する、あるいは複数回線を同時に利用して高速通信を行う、といった技術も実現化されるだろう。ポスト4G時代のスマートフォンは、個人の道具から社会参加へのツールとしての役割を増し、大きく進化を遂げているにちがいない。
ディスプレイ圧力を感知する『Huawei Mate S』。UIや操作系の改善はまだまだ進む
山根康宏 (やまね やすひろ)
香港を拠点とし、世界各地で携帯端末の収集とモバイル事情を研究する携帯電話研究家・ライター。商社勤務時代、転勤や出張中に海外携帯端末のおもしろさに目覚め、ウェブでの執筆活動を開始。しだいに携帯電話研究が本業となり、2003年にライターとして独立。現在1,200台超の海外携帯端末コレクションを所有する。『週刊アスキー』『ITmedia』『CNET Japan』『ケータイWatch』などに連載多数。