ファーウェイの5Gへの取り組み
2020年の商用化に向けて注目される5G(第5世代移動通信システム)。ファーウェイは2015 年4月、この5Gに対する当社の考え方と開発中の技術についてまとめたホワイトペーパー『5G ―― 新たな無線インターフェースと無線アクセスの仮想化』を発表しました。今号のHuaWaveでは、ファーウェイ・ジャパン マーケティング&ソリューションセールス本部モバイル・ネットワーク担当CTOの鹿島毅に同ホワイトペーパーのポイントと5Gの技術動向について聞きました。
HuaWave編集部
編集部:まず、5Gとはどういうものなのかをあらためて教えてください。
鹿島:携帯電話のシステムはアナログ方式から、GSMや日本のPDCなどのデジタル(TDMA)方式を経て、データ通信に対応しやすい第3世代移動通信システム(3G)へと進化してきました。およそ10年間隔で、新しい無線技術を用いた次のシステムへと移り変わってきたのです。
ご存知の通り、日本ではすでに3Gの後継となるLTEが主力になっており、その発展規格であるLTE-Advancedの導入も始まっています。5Gは、このLTE/LTE-Advanced(以下、あわせてLTEと表記)の次の世代、アナログ方式から数えて5世代目の移動通信システムになります。日本ではオリンピックが開催される2020年に、世界に先駆けて5Gを商用化することが計画されています。
実は、5Gをどのようなものにするか、これをどんな技術で実現するかはまだ決定していません。今後、ITU-R(国際電気通信連合無線通信部門)や3GPPで標準化に向けてこれらを具体化していくことになっており、現在、世界の通信事業者やインフラ・端末ベンダー、大学などで5Gに関する議論が活発に行われています。候補となる技術の開発も進められており、ファーウェイも5Gの仕様の検討や技術開発に積極的に取り組んでいます。
編集部:4月に発表したホワイトペーパーはファーウェイの5Gに対する考え方をまとめたものですね。
鹿島:そうです。ファーウェイは2009年に5Gの研究開発に着手し、現在世界各地の9か所の拠点で500名以上のエキスパートがこれに従事しており、2018年までに6億米ドル(約720億円※)の投資を見込んでいます。こうした意欲的な取り組みの成果がある程度出てきたので、今年3月にバルセロナで開催されたMobile World Congress(MWC)2015で、当社が想定している5Gのコンセプトや開発中の無線インターフェースなどを発表しました。ホワイトペーパーは、この内容を中心にまとめられています。
図1 ファーウェイの5G研究開発拠点
移動通信の活用領域を広げる
編集部:ファーウェイが考える5Gとは、どのようなものなのでしょうか。
鹿島:いま移動通信システムに強く求められていることとして、映像コンテンツやクラウドの利用拡大などで急増するトラフィックに対処できる大容量ネットワークの実現が挙げられます。これに対応することが5Gの大きな狙いのひとつです。
もうひとつ重要な狙いとなるのが、こうした既存のアプリケーションの延長にあるものだけでなく、現在のモバイル・ネットワークでは対応できない新たなユースケースを実現することです。そのためにはネットワークの能力を大幅に強化する必要があります。
たとえば、これから普及が見込まれる4K/8K映像をモバイル・ネットワークでやりとりしようとすると、数十Mbpsから数百Mbpsのスループットが必要になります。バーチャル・リアリティのようなアプリケーションを実現するには、Gbpsクラスのスループットが必要になるかもしれません。また、最近話題となっている車の自動運転技術をクラウドからリアルタイムにサポートするには、遅延時間を非常に短くしなければなりません。さらに、膨大な数のセンサーからネットワークを通じて情報を収集するIoTを展開するには、同時接続数を格段にアップさせる必要があります。
こうしたさまざまなユースケースや今後の技術の進歩を検討して、当社では① 現在の無線ネットワークに比べて1,000倍のネットワーク容量(平方キロメートルあたり)の実現、②10Gbpsの高スループット、③1ミリ秒未満の低遅延、④1,000億以上の接続数に対応することなどが、5Gに求められる要件になると考えています。
編集部:モバイル・ネットワークの活用領域が大きく広がることになるわけですね。
鹿島:単独で見れば、スマートフォンなどの既存のアプリケーションが5Gの商用利用の主要な部分を占めることになると思います。一方で、それぞれの規模は大きくないにしても、多種多様な数多くのアプリケーションが利用されるようになり、ロングテール的な市場が形成されることになるでしょう。こうした幅広いユースケースに対応できる柔軟なネットワークをつくることが、5Gでは重要になります。
ファーウェイでは、今後さまざまな業種・業態の企業が5GでICTシステムやクラウドを接続して業務を刷新すると考えています。5Gがあらゆる業界でビジネスの変革を可能にするプラットフォームになっていくと期待しているのです。
図2 ロングテール部分のユースケースまでカバーする5G
用途に応じて機能を切り出す
編集部:5Gはどのような技術によって実現されると考えているのでしょうか。
鹿島:周波数、ネットワーク・アーキテクチャ、無線インターフェースの3つを5Gの実現に向けた重要なファクターと考え、それぞれ検討を進めています。
まず周波数は、5Gでは10Gbpsといった非常に高いスループットや、増えつづけるトラフィックに対処できる大容量のネットワークを実現するために非常に広い帯域が必要になります。そこで現在は移動通信で使われていない6GHzから100GHzまでの準ミリ波帯・ミリ波帯も利用することが想定されていますが、この帯域には電波が飛びにくいという問題があります。これに対して、LTEや3G携帯電話で使われている帯域を含む6GHz以下の低い周波数帯は、伝搬特性に優れています。
そこで当社は、6GHzより下の帯域を、基本サービスを提供する「プライマリ周波数」として使い、6GHz以上の周波数は容量を拡大するための「補完周波数」として利用することを考えています。2つの帯域を組み合わせて効率的に使っていこうというわけです。また、無線LANなどで使われている免許不要帯域も5Gで活用されていくことになると思います。
編集部:ネットワーク・アーキテクチャについてはどのような検討が行われているのですか。
鹿島:車の自動運転の実現には遅延の短縮が必要だと述べましたが、遅延時間には無線アクセス以外に、サーバーやコア・ネットワークの部分も大きく影響しています。遅延の短縮のためにはネットワーク構成全体を見直す必要があるのです。具体的には、ゲートウェイやサーバーをできるだけネットワークのエッジ側に持っていくことや、端末間で直接通信をするといったことなどが考えられています。
もうひとつ、ファーウェイが強く打ち出しているのが、「リソース・スライス」という考え方です。5Gではさまざまな用途で多様なサービスが使われることが想定されていますが、アプリケーションによって必要なリソースは異なります。そこで通信ネットワークを仮想化するNFV(Network Functions Virtualization)/SDN(Software Defined Network)を活用して、固定・無線ネットワークのリソースを用途ごとに、最適な形で切り出して効率的にサービスを提供することを考えています。
図3 5Gにおける周波数の活用
周波数利用効率を3倍に
編集部:無線インターフェースではどのような取り組みを行っているのですか。
鹿島:この分野については、MWC 2015で5G向けの新無線インターフェース技術として発表しています。これは、①F-OFDM(Filtered-Orthogonal Frequency Division Multiplexing:フィルター直交周波数分割多重)、②SCMA(Sparse Code Multiple Access)ベースの非直交アクセス技術の2つの無線アクセス技術に、③全二重通信、④Massive MIMO、⑤Polar符号を加えた5つの5Gの候補技術を構成要素とするものです。これらの技術を用いて構築した無線インターフェースは、単独であらゆる5Gのアプリケーションに対応することができ、現行のLTE-Advancedに比べて周波数利用効率を3倍に高めることが可能です。
編集部:先ほど述べられた6GHz以下の周波数には移動通信に割り当てられる帯域が少ないことを考えると、この無線インターフェースは魅力的なものと言えますね。
鹿島:はい。ただ、当社はこの無線インターフェースを特に低い周波数で利用することを前提としているわけではなく、6GHzを超える高い周波数を含む5Gのすべての帯域で使えるものだと考えています。
編集部:①~⑤の技術について、もう少し詳しく説明してください。
鹿島:かなり細かな技術の話になりますので、ここでは大まかなイメージをつかんでいただければと思います。
まず①のF-OFDMは、LTEで使われているOFDM(直交周波数分割多重)技術を拡張したものです。OFDMの電波をデジタル・フィルターで分割し、それぞれのブロックのパラメーターを用途に応じて最適化することで、システム全体の効率を向上させます。
②に用いられているSCMAも、OFDMによるアクセス方式(OFDMA)を拡張した技術です。OFDMAは時間と周波数の2つの軸で情報を多重化して送っていますが、SCMAではさらに符号によって多重化を行うことで、多量の情報を送れるようにしています。また今回開発した無線アクセス技術では、通信手順を簡素化することなどにより、遅延を低減し、接続端末数を増やせるようにしています。これによりIoTなどでの利用がしやすくなるわけです。
OFDMは、多数の狭い帯域幅の電波(サブキャリア)を、その一部が重なり合っても干渉を起こさない特別な間隔(直交配置)で密に配置することで効率的に情報を送る手法をとっています。一方、F-OFDMとSCMAはこの直交配置を一部崩し、他の要素で効率を向上させるもので、「非直交」技術と呼ばれます。これらの技術は端末側で高度な信号処理ができるようになったことで実用化されたもので、移動通信の技術開発の大きなトレンドとなっています。当社は、この分野に非常に力を入れています。
編集部:③の全二重通信とはどういうものですか。
鹿島:携帯電話では、基地局から端末(下り)、端末から基地局(上り)の通信に別々の周波数を使うFDDや別々のタイムスロットを使うTDDという技術で、送受信を同時に行えるようにしています。全二重通信はこのFDDやTDD技術を使わずにひとつの周波数で同時に送受信を行おうとするものです。これにより周波数利用効率を大幅に高めることができます。もちろん、何もしなければ自らが送信した電波が受信側にまわり込んでしまい、通信ができなくなります。しかし全二重通信では、送信側は自分が送った信号を受信側の信号から差し引くことで通信を可能にするのです。
編集部:電話機のエコー・キャンセラーに似ていますね。
鹿島:原理は同じなのですが、デバイスに非常に大きな信号処理能力が必要になるため実用化が困難でした。当社の検証では、送信電力がある程度弱ければ実用化できる目途が立っています。それでも当初は端末に実装するのは難しく、まずは基地局側に機能を搭載することなりそうです。
④のMassive MIMOは、5Gでの利用が見込まれている代表的な技術で、基地局に配置した数十から数百のアンテナ素子を活用して、伝送効率の大幅な向上や電波の到達距離を伸ばすことが可能になります。
最後の⑤Polar符号は、電波に信号を乗せて送る際に用いられる符号化技術の最新のものです。LTEで使われているTurbo符号やLDPC符号とは異なる原理が用いられており、伝送効率を高めることができます。
編集部:かなり具体的に開発が進んでいるのですね。商用化はいつ頃になりそうですか。
鹿島:これから標準化の議論が行われるので、まだはっきりしたことは言えませんが、並行して欧州の5GPPPや日本の5GMFなどの5Gの推進団体とも協力して技術開発を進め、2020年の商用化を実現したいと考えています。
図4 5Gでの活用が検討される新たな無線インターフェース
※1米ドル120円換算