モバイル・ブロードバンド時代のグローバル端末市場
アジアを中心に世界のモバイル事情をウォッチしている携帯電話研究家・ライターの山根康宏さんに、モバイルとICTを取り巻く日本と世界の現状と動向、そしてさらにその先について解説していただくこのコーナー。スマートフォンの登場によって大きく変わった私たちのモバイル・ライフは、これからどうなっていくのか? グローバルな動きをクローズアップし、コミュニケーションの未来を探ります。今回は、モバイル・ブロードバンドの普及が端末市場に与える影響について論じていただきました。
通信はモバイルの時代 活発なアジア市場
ITUによれば、世界のインターネット利用者数は2014年末で30億人に、そのうちスマートフォンやタブレット、モバイルルーターなどを利用してインターネットへアクセスするモバイル・ブロードバンドの契約数は23億人に達するという。インターネット接続の主役はモバイルの時代になっているのである。
世界のモバイル・ブロードバンド市場動向を見ると、アジアの動きが活発だ。韓国では国内のLTEカバレッジがほぼ100%となりVoLTEが日常的に使われている。3G時代は各通信事業者がオフロードとして地下鉄車内Wi-Fiを提供していたが、いまではWi-FiにつながずLTEのまま地下鉄内でスマートフォンを使う人が多い。
また、日本でも販売される端末はもはやLTEに対応したものが主流となっており、スマートフォンだけではなくモバイル・ルーターも多数の製品が投入されている。香港、シンガポール、台湾は全携帯電話販売台数に占めるスマートフォンの販売割合が世界のトップ3で、もちろんスマートフォンはすべてLTE対応品だ。
中国でも普及が本格化 デュアル・モード端末も登場
一方、中国でもモバイル・ブロードバンドの普及が本格化している。中国では2013年末からTD-LTE方式で4Gが開始、それから1年が過ぎ、国内では1万円を切るLTEスマートフォンや数千円のLTEモバイル・ルーターが販売されている。
しかも、中国最大の事業者であるチャイナ・モバイル(中国移動)は、TD方式だけではなく、グローバル互換も視野に入れたFDD方式にも対応する端末をメーカーに求めている。同社が標準展開を図っているのは5M13B(5モード13バンド)、すなわちTD-LTE/FDD-LTE/WCDMA/TD-SCDMA/GSMの各通信方式に対応し、13の周波数帯に対応した製品だ。レノボ、ファーウェイ、ZTE、クールパッドといった中国大手のみならず、新興メーカーやサムスン電子、LG、そしてもちろんアップルも対応製品を販売している。
その結果、中国メーカーはLTEデュアル・モード対応製品の製造ノウハウを身に着け、海外にも展開を始めている。インドやインドネシアなどでTD-LTEをサービスする事業者の端末ラインナップが中国メーカー品であることも珍しくない。
3Gを飛び越して4Gへ 急激に変化する新興市場
新興国・途上国市場では固定インフラの整備が一部都市のみにとどまっており、固定の代替としてのモバイル・ブロードバンドの重要性が高まっている。こうした国々では2Gから3Gへの移行が完了する前に、低価格な中国製LTE端末の導入で4Gの普及が急速に進むだろう。
急激な市場の変化の例としては、長らく市場が閉鎖されていたミャンマーの例が興味深い。2014年に国営系のMPTとKDDI・住友商事グループが提携、北欧系と中東系を加えた3社による競争が始まった。回線状態が貧弱でSIMカードすら発行枚数が限られていた同国は、2014年秋から猛烈な勢いでモバイル・ブロードバンドの普及が始まっている。その結果、屋台の売り子やタクシーの運転手など誰もがスマートフォンを持ち、写真を送ったり、暇な時間に動画を見たりしている。モバイル・ブロードバンド環境の整備が進むと、TVやラジオ、デジカメ、そしてパソコンを買うことなく、スマートフォン1台で何でもできるようになるのである。
通信速度はより高速化 力関係にも変化
4Gの普及とともに、さらに通信回線速度を上げる技術も実用化が進んでいる。その中でも複数の周波数帯をまとめて使うCA(キャリア・アグリゲーション)は各国で導入され始めている。日本ではKDDIに続き、ドコモが2バンドCAを提供。韓国ではすでに3バンドCA、下り最大300Mbpsの実用化が進んでおり、通信事業者間の競争は価格から速度のアピールへと移っている。CAはノキア、エリクソン、ファーウェイなどネットワーク・ベンダーも技術開発を競い合っており、通信関連の展示会では1Gbpsを超える超高速通信のデモも行われている。方式の異なるTD・FDD間でのCAの商用化も近い。いずれ消費者は通信方式の差を気にせず端末を購入し、モバイル・ブロードバンド環境を自由に利用できるようになるだろう。
この通信の高速化は端末ベンダー間のパワー・バランスにも大きな変化を与えている。300MbpsのLTE Cat6に対応する製品としては、2014年中にサムスン電子が『GALAXY S5 4G+』や『GALAXY Note Edge』など4製品を投入し先行するも、LGの『G3』やファーウェイの『Ascend Mate7』(p.26参照)なども登場。LTE-Advanced対応スマートフォンではこの3社がスタートラインに立ち、業界をリードする形となった。ファーウェイは高速通信対応スマートフォンの普及を広げる戦略モデルとして、コスト・パフォーマンスに優れた『Honor6』(韓国では『X3』として販売、p.15参照)も用意している。
各国で異なるルーター需要 デザインも多様化
日本では多数のモバイル・ルーターが発売されており、移動中でも快適なモバイル・ブロードバンド環境を利用することができる。しかし、アジアの他の先進国の多くではルーターよりもスマートフォンのテザリング機能のほうが人気のようだ。これは人口が大都市に集中し利用者も多いことから、スマートフォン1台ですべてをこなす使い方が便利なためだろう。
一方、米国やヨーロッパ、そして東南アジアなどでは、移動時間が長いことや、固定回線の代替としての需要から、モバイル・ルーターの需要も高い。米国では1回線で複数のSIMカードを契約できるマルチSIMサービスが提供されており、スマートフォンとルーターの併用もしやすい。
最近では女性が持ち運びたくなるようなカラフルでデザイン性に優れたモバイル・ルーターや、室内に置いてもインテリアとして違和感なく見えるホーム・ルーターなども出てきている。ルーターもいずれはスマートフォン同様、外観を気にして買う製品になっていくだろう。
快適な生活を実現 アジア発のサービスも
モバイル・ブロードバンドの普及とともにスマートフォンやタブレット利用者が増え、2015年は常時高速接続の時代を迎える。回線の高速化によってレスポンスを気にせずサービスを利用できるようになり、たとえば、音楽配信サービスもダウンロード型からストリーミング型へと人気が移りつつある。ヨーロッパを中心に展開中の『Spotify』やアジアの『KKBOX』は利用者数を着々と増やしている。また、サムスン電子が『Milk Music』を始めるなど、端末ベンダーにもその動きは広まっている。
動画の利用も、『YouTube』に代表されるストリーミング視聴サービスのみならず、『Ustream』『ニコニコ生放送』などによって一般ユーザーが手軽に動画配信をできる時代となった。『Vine』のようにわずか6秒間の動画を使ったソーシャル・ネットワーク・サービスも、リアルタイムにストレスなく利用できる高速通信環境があってこそ生まれてきたわけだ。
中国では端末販売の楽語通訊(ルーユートンシュン)がMVNOブランド『妙(ミャオ)more』を立ち上げ、まだ大手MNO事業者が手がけていない健康系のウェアラブル・デバイスとヘルスケア・サービスをセットにしたビジネスで市場への参入を開始した。モバイル・ブロードバンドの普及は人々の生活をより豊かにし、そして新たなビジネスチャンスを生み出そうとしているのだ。
山根康宏 (やまね やすひろ)
香港を拠点とし、世界各地で携帯端末の収集とモバイル事情を研究する携帯電話研究家・ライター。商社勤務時代、転勤や出張中に海外携帯端末のおもしろさに目覚め、ウェブでの執筆活動を開始。しだいに携帯電話研究が本業となり、2003年にライターとして独立。現在1,200台超の海外携帯端末コレクションを所有する。『週刊アスキー』『ITmedia』『CNET Japan』『ケータイWatch』などに連載多数。